74 財布
「ビール最高ー!」と、前田先生、あたりまえのように飲みながら、「いやぁ、今日はいっぱい食べてねぇ、いっぱいがんばったからねぇ」
午後六時過ぎ、学校ちかくのファミレスで、文化祭後の打ち上げを敢行していた。六人での初ステージは大盛況でおわり、だれもかれも疲労困憊なのだが、先生のおごりならばぞんぶんにたべねばなるまい。
軽音楽部にはなんとふたつのテーブルがあてがわれて、みき、しお、前田先生がおなじ席で、他四名は通路をはさんで向こう側。後者のテーブルにはたくさんのプレートが並び、おもにゆかとねね、がっつりたべている。
そのようすをみて、前田先生、めがねの奥で満足そうに、
「いいたべっぷりだね」と、目を細める。「ビールがすすんじゃうな」
「あんまりのみすぎないでくださいよ」と、みき、たしなめる。
「あはは、ファミレスのビールで酔うわけないじゃん! アルコール飛んでるんだよ、これ」
「そんなわけないですから。あと、おおきな声でいわないでください」
「のんだらワインも追加しよ」
まったく聞いていない。
「みきー」と、となりから、しお、「ペーパーとって」
「ほらよ」
「ついでにピニャータも」
「は? もってきたのか?」
「あたりまえだろ」
「まてよ、どこにあるんだ」
「そこにあるだろ、バカにはみえないかんじの」
「あぁ、あった。これか」
「ちがう。それはあたしのあたまだ」
みき、しおのあたまをむんずと掴んで、ちょっと揺らしてみる。あたしは赤べこか、と微妙なツッコミをされる。
「ていうか、あおばちゃんさー」と、しお、グラップ状態で、「なんでピニャータなの? あれけっこう邪魔なんだけど」
「ストレートにいうな」
「ぴにゃーた? あぁ、あのくす玉ね」前田先生、ジョッキをのみほして、「あれ、わたしじゃないよ。みい子からの差し入れ。いってなかった?」
「だれだー?」
「え、あれ、オーモトさんからの差し入れだったんですか?」
「O-Motね。いや、たしかに大元なんだけど」
とりあえず、みき、大元みい子とはいったいだれなのか、ざっと説明する。デビューしてから数か月たつ、期待の新星シンガーソングライター。
「今日もきてたよ、うしろのほうにいたけど」と、前田先生。「めちゃくちゃ褒めてた、みんなのこと」
「ほんとですか?」みき、かおが綻ぶ。「うれしいです」
「にしてもあの演奏、プロが聴いてたんだなー」しお、なんともなげに、「で、なんでピニャータ?」
「さぁ……すきなんじゃないの」
「ピニャータがー?」
「まぁ、世の中いろんなひといるし」みき、苦笑い。「そういえば、前田先生と大元さんって、やっぱりお知り合いなんですか?」
「うん。学生時代にバンド組んでたからね」
「え⁉」
むかしの話ね、と前田先生、わらって、呼び出しベルを押す。ほんとうにワインを頼む気らしい。
「あおばちゃん、やっぱり只者じゃなかったのかー?」と、しお、みきに耳打ち。
「そうかも。やたらギターうまいし」
「ていうか、ピニャータ、マジでどうする?」
「それも考えないとな……まぁ部室くらいしか叩ける場所ないけど」
と、ウェイトレスさんがきた。ワインの注文をとってくれる。前田先生、
「夏井さんたちはなにかいる?」
「わたしはだいじょうぶです」
「じゃ、あたしポテトー」
「オッケー。あ、ポテト一皿おねがいします」
で、ウェイトレスさん、向こう側のテーブルでも呼び止められていた。どうやらかうな、スイーツを注文したらしい。
まっているあいだ、前田先生、枝豆をつまみながら反対のテーブルで食事する四人をながめている。向こうは向こうで、けっこうたのしくやっているみたいだ。
二分の一のメンバーが、たべることに意識の八割をさいているみたいだけど。
「いやぁ、それにしても……」と、前田先生。「財布、今日は中身はいってたかな……」
「……」
みき、頭痛がした。
【前田あおば 軽音楽部顧問】
軽音楽部の頼れる(?)顧問。
平川高校で現代文を教えている。
大元みい子とは学生のころから知り合いで、バンドも組んでいた。高校時代はトガっていたが、いまでは見る影もない。




