73 テイク・ユー
ギターをアンプにつなげる。心臓のおとがする。
もうすこししたら、幕があがる。
「まぶしいなー、照明」と、しおがつぶやく。「肌やけちゃうなー」
「やけねぇよ」
みき、ちょっとわらってしまう。
やっぱり、まったくふだんとかわりないのは、しおだけだ。ここまでくると、みきも、さすがに喉がかわくような張りつめた感をおぼえる。
ねねは、マイクを片手に、
「ミーアキャット、ミーアキャット、ミーアキャット……」
と、なにかの呪詛みたいにくりかえしている。緊張をほぐすための方法が、なんだか逆効果にさえみえる。
「ねねちゃん」と、みき、ちかづいて、「深呼吸して」
ちいさく肯いて、おおきく深呼吸をする。吸って、はいて、吸って、はいて……そのあいだ、背中をさすってあげる。
「どう、落ち着いた?」
「は、はい……ちょっとだけ」
「うん」
ねね、さっきより、背筋をのばして立つようになった。ほんとうに、すこしはマシになったのだろう。
みき、ほかのメンバーのようすも確認する。しおはもうスタンバイをおえて、照明がまぶしいのだろう、目を細めている。
かうなとシーも、緊張してはいそうだが、きちんと位置についている。かうなはそわそわ、たまに背伸びをして、シーは運指の最終確認。
で、ゆか。スローンのうえで深呼吸をくりかえしている。準備万端、とはいえなさそうだが、あいつはきっと、音楽がはじまればすぐに目を覚ます。たぶん問題ない。
「あ、あの、先輩」
「うん?」みき、呼ばれて、「どうしたの、ねねちゃん」
「や、やっぱりだめかもしれません……!」
みると、ひざが震えている。やはりねね、極度の人見知りで、緊張しいなのだ。本番直前になって、さいごの恐怖の波がきたのだろう。
でも、それでも、
「だいじょうぶ」と、みき、自信たっぷりに聞こえるよう。「やれるよ、わたしたちなら」
ねねのちいさな右手を、みき、左手でつつみこむ。さいしょは、ねね、おどろいて、みきの瞳をみつめるけれど、やがて、てのひらの熱がこころをおだやかにしてくれる。
あしの震えが、徐々におさまっていく。
舞台袖を見やると、ちょうど実行委員が確認にかおをだすところだった。みき、合図して、準備ばっちりだと伝える。
実行委員は、二階の放送室に呼びかける。
最前に立つみき、ステージをふりかえって、
「いこうか、みんな」
だれもが肯く。
やがて開演のブザーが鳴り響き、放送部のアナウンスがはじまる。つづきまして、平川高校軽音楽部から、〈ハイルーフ〉のステージ発表です――ゆっくり、幕があがっていく。
みきとねねは、ゆっくり手をはなす。それでも、ずっと熱はのこっているから、だいじょうぶ。
とびこんでくるスポットライト。歓迎と期待の拍手。満員の体育館で、だれもがみきたちを見あげている。
――最初の音は、みき。D/A。
心臓の高鳴りをなだめるように、おだやかなギターのイントロを奏で、
「平川高校、軽音楽部、ハイルーフです」と、マイクに向かって。「今日は、全員、全力で演奏するので、どうぞ三十分間――」
すぅ、と息を吸いこむ。
「よろしくおねがいしまぁ――すッ!!!!」
激しいスネアが響きわたり、瞬間、音が弾ける。
一転、アップテンポの音楽が――みきとかうなのギター、しおのベース、シーのキーボードが、ゆかの刻むリズムにあわせて溢れだす。加速度的に脈打つ心臓が、むしろ心地よくて、これはいけると、みき、確信する。
うたいだしは、みきのパート。軽快なメロディーをなるたけ爽やかにうたいあげる。客席からだれか、みきの名前を呼ぶのが聞こえて、それがずいぶん励みになる。
のどの調子はずっといい。八小節うたえば、Aメロは一段落して、ボーカルはバトンタッチ。
みき、ちらりと、ねねを見る。音楽を聴きながら、かおをこわばらせてはいるけれど――しっかり、客席を見据えている。
深くブレス。タイミングを見極めて、ねね、完璧なうたいだしを見せる。
ねねがその声を響きわたらせるとまもなく、客席があきらかにどよめく。が、どよめきはすぐに歓声へとかわっていった。
ここにいるだれもが、いま、はじめてねねのうたごえを聴いた。
そして確実に、記憶に刻んだのだ。うたごえの、うつくしさを。みき、最高の気分だった。
ねねの表情もまた、ぎこちなかったそれから、しだいに輝かしい笑顔へとうつりかわる。Bメロはねねのパートが続く。
膨らんでいく音と感情が、いまにも破裂しそうだった。そのまま、熱と勢いのままにサビへと突き抜ける。
このまま 夏がぼくらになる 染まるように
魔法がとけてきえないように
いま 手を伸ばせばつかめる 温度で
キミをつれていく 夏へ!
――ギターソロ、かうな。部活でなんども練習していたパートだ。練習中はずっとたのしそうにギターを弾いていた。でも、いまは、それ以上の笑顔で。
かうな、最後まで走りきる。大サビへ。
みきとねね、ツインボーカルの全身全霊をしぼりだす。うたごえが、体育館の奥へ、ずっと向こうへと駆けだして止まらないように。熱ですべてを渦のなかに巻き込めるように。
いま 手を伸ばせばつかめる透明なぜんぶで
キミをつれていく 夏へ!
そのまま、曲を最後まで掻き鳴らす。なかまたちの頼もしい音楽をバックに、みき、気を抜かずに完走する。
一曲目がおわる。六人に降り注いだのは、割れんばかりの拍手と、歓声だった。
【ハイルーフ】
平川高校軽音楽部のバンド名。
発案者はゆか。
一年生たちはバンド名がきまった経緯をよく知らないが、なんとなくゆか発案だろうなと察している。なぜかシーの琴線に触れるネーミングセンスだったらしい。




