67 みんなで
みき、部室にいくと、すでに鍵は開いていて、
「あ、みき先輩」かうながいた。「おつかれさまです!」
「おつかれさま、かうなちゃん。今日はまだひとり?」
「はい、シーちゃんとねねちゃんのクラス、ホームルームが長引いてたので」
「文化祭の準備? もうすぐだもんね」
「みたいですね。たのしみです!」ギターをかまえて、「そういえば、軽音楽部のリハーサル、金曜日でしたよね?」
「そうだね。金曜日の十五時に、体育館」
文化祭の前日に、ステージ発表する部活は、ひととおりリハーサルの時間がもらえる。軽音楽部は十五時スタートで、それから十分ほどステージをつかえる。
「かうなちゃんは、緊張とかするタイプ?」
みき、じぶんも練習の準備をしつつ、訊ねてみる。
しばし悩んで、かうな、
「緊張するかどうか、って、実をいうとよくわかんないんです。ステージに立つの、今回がはじめてですから」
「そうなんだ」
「ギターは中学のころからすきだったんですけど……いつもはひとりで弾いてて。学校に軽音楽部なんてなかったですし、楽器やってるともだちもいなかったし。だから、バンドにはいって、メンバーとして演奏するの、はじめてなんです」
はなしながら、かうな、ずっとそわそわしている。ほんとうに、本番がたのしみでしかたないらしい。
これなら、緊張するかどうかなんて、あんまり心配なさそうだけど。
「みき先輩は、緊張しましたか、新歓のとき」
「ん、まぁね。わたしたちのばあいは、あれが初ステージだったし」
「そうだったんですかっ? でも、みなさん、すっごく堂々として見えましたよ!」
「ならよかった」みき、ほほえんで、「あーでも、しおは余裕そうだったね、たしかに。ゆかはガチガチだったけど」
ゆかはあれで緊張しいだから、ステージに立つとすぐに顔がひきつる。でも、音楽が鳴りはじめれば、すぐに調子をとりもどす。やっぱり、音楽がすきなのだと思う、ひといちばい。
「シーちゃんとかは、緊張しなさそう」
「そうですね、緊張してるとこ、見たことないです!」かうなは肯いて、「ただ、ねねちゃんのほうは……ちょっと心配ですけど」
「あぁ、うん」
ねねは、じぶんで人見知りだと公言して、いつもステージに立つのを不安がっているから、たいへんかもしれない。
「サポートしなきゃですね。ねねちゃんのうた、お客さんにいっぱい聴いてほしいし!」
「そうだね、みんなでがんばろ」
みんなで。
みき、そうこころのなかで繰りかえして、ギターをもちあげる。すこしおもたいが、その質量がここちよい。
「文化祭、かぁ。けっこうあっというまだったな」
「先輩方は、文化祭を目標にしてきたんですよね」
「うん、そう。去年はひとまえで演奏できるようなシロモノじゃなかったし」
「その――正直、ずっと不安だったんですが」
「うん?」
「わたし、先輩方のおじゃまになっていないでしょうか」
みき、びっくりして、目をみひらいてかうなを見る。いやあ、そのう、とかうな、身をくねらせて、
「わたし、ギターはあるていど弾けますけど、うまいわけではないですし。ねねちゃんみたいな才能もないし、シーちゃんみたいに器用でもないし……」
だから、ちょっと不安なんです、と続けて、
「先輩方が、ずっと目標にしてきた場所に、けっきょくは新参者として加わって……その、わたしのせいで演奏を台無しにしちゃったら、どうしようって。足手まといになるのは、いやですから」
なんて、らしくないですよね、忘れてください! かうな、はにかむように笑う。
それを見て、みき、
「やっぱり」と、ほほえむ。「かうなちゃん、緊張してるでしょ、もうすでに」
「えっ!……これって、そういうやつなんでしょうか」
「そんなにナイーブにならなくていいよ。かうなちゃんは、たのもしい仲間だから。足手まといなんて、だれも思わないよ」
「そう、ですかね」
「うん。それにさ」みき、ちいさなあたまを撫でて、「わたしは、かうなちゃんといっしょに、目指してきたつもりだよ、文化祭。もちろん、ほかの一年生の子たちとも」
「みき先輩……」
「いったでしょ、みんなでがんばろ、って」
いうと、かうな、つよく肯いてくれる。そのしぐさで、みき、凪いだ海のようにやさしいこころもちになって、すこし安堵する。
「じゃ、さきに練習はじめてよっか」
「……はいっ!」
いつも以上に元気のいい返事が、部室に響きわたった。
【夏井みき 担当:ギター、ボーカル】
軽音楽部のリーダー的存在。
けっこう辛辣な物言いをするが、根はやさしい。
しおとゆかをはじめ、個性的な部員に振り回される日々だがなんだかんだで楽しんでいる。交友関係も幅広く、校内の八割の生徒はみきと顔見知り。




