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朝を歩け。  作者: 維酉
Debut Single【朝を歩け】
7/176

02 五百円玉

 ゆかがスティックをカチカチいわせて、


「ワン、ツー、スリー」


 すぅっと、息。みき、エレキギター、ゆっくりと入る。しおのけだるげなベースの音が、いま、すごく心地よい。あかねさす、紫の夕陽の下、みきはうたいはじめる。




「最高だよ、みき~」

「あんがと。ゆかも安定しててやりやすかった」

「あたしはー?」

「しおもよかったよ。ふたりとも、ちゃんと練習してんのね」

「そうだよ~」

「ゆかはともかく、しおだよ、しお」

「あたしにゃ才能という名の武器があるからね」


 時刻は五時を回っていた。太陽が、山に隠れてしまいたいと思っているころであった。


「さて、そんじゃ帰るか」


 みきのことばに従って、ふたり、片づけをはじめる。


「そういえば」とゆか。「昨日、おかあさんに教えてもらったんだけど、ちかくに新しいパン屋さんができたんだって~」

「パン屋?」

「みき、あたしはクロワッサン」

「わたしはチョココロネ~」

「おい、なんでわたしがおごることになってんだ」


 部室を出る。みきがカギをかけて、それから国語研究室に向かう。


 代表してみき、入って、顧問の前田先生にカギを渡す。めがねをかけた、若い先生である。


「あ、そうだ夏井さん」と前田先生。「ちかくにおいしいパン屋さんができたらしいのよ」

「え、あ、はい」

「メロンパン、おいてあるかしらね~」

「……わかんないですけど」


 国語研究室を出て、待っていたふたりに、みきはいう。


「前田先生もいってた」

「なにを~?」

「パン屋のこと」

「あおばちゃん、食いしん坊だかんなー」


 前田先生のフルネームは、前田あおばだった。


 校門を抜けて、通りに出る。どこにできたの、とみき。なんだかんだで気になってんじゃん、しお。えっとねぇ、ゆかが先を歩く。


「あれか」


 街角に、ニューオープンののぼりを出した、パン屋があった。なかに入ると、小麦の香ばしさが鼻をくすぐる。


「あたしはカレーパンにするか」

「おまえ、さっきクロワッサンにするって……」

「わたしはホットドッグ~」

「……メロンパンにするか。あ」

「ん?」

「前田先生、メロンパンが食べたいって」

「ふーん」


 トレイのうえに、メロンパンが二個、のる。


「割り勘な」

「あたし今日、財布もってきてないんだけど」

「うそつけ。体育のあとに、おまえがジュース買ってるの見たからな」

「ざんねん」


 ひとり二百円くらい出した。外に出ると、空気が冷たい。


「それ届けんの?」

「どーしよーな」

「せっかくだし、届けてあげよ~」

「めんどくせー」

「こら、しお」

「わかったわかった」


 学校にとんぼがえり、するとちょうど、前田先生が帰ろうとしているところだった。


「あ、前田先生」

「あおばちゃーん、労働したぞー」

「あれ、帰ったんじゃ」

「メロンパン買ってきたの~。一緒にたべましょ~」


 てきとうに座るところを見つけて、パンをたべる。


「あ、ほんとにおいしい」

「ひと働きしたら、余計うめーな」

「歩いただけだろ」

「しあわせの味~」


 ゆか、ふにゃけた顔でひとりいう。まわりのさんにん、なんとなく笑う。


「あ、これいくらしたの?」

「五百円」

「たけーよ」

「それくらいの価値はあるわよ」


 先生、財布から五百円玉を三枚だして、くれる。


「ないしょにしなさいよ」

「へっへー、ゲット」

「てめーな……」


 パン、腹に消えて、解散にする。前田先生は別れ際、「気をつけて帰りなよ」とひとこと。


 家路に就いて、しおが、


「先生、ぜったい五百円貯金してる」

「……してるだろうな」

「将来見据えてるんだね~」


 もうすぐ六時、もうすぐ十二月の日だった。

【玉原しお 高校一年生】


 軽音楽部、ベース担当。

 めんどうくさがりの天才肌。冗談が好き。


 てきとうなことをいっては、みきのツッコミをくらう。ゆかとは小学校からの幼馴染。

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