02 五百円玉
ゆかがスティックをカチカチいわせて、
「ワン、ツー、スリー」
すぅっと、息。みき、エレキギター、ゆっくりと入る。しおのけだるげなベースの音が、いま、すごく心地よい。あかねさす、紫の夕陽の下、みきはうたいはじめる。
「最高だよ、みき~」
「あんがと。ゆかも安定しててやりやすかった」
「あたしはー?」
「しおもよかったよ。ふたりとも、ちゃんと練習してんのね」
「そうだよ~」
「ゆかはともかく、しおだよ、しお」
「あたしにゃ才能という名の武器があるからね」
時刻は五時を回っていた。太陽が、山に隠れてしまいたいと思っているころであった。
「さて、そんじゃ帰るか」
みきのことばに従って、ふたり、片づけをはじめる。
「そういえば」とゆか。「昨日、おかあさんに教えてもらったんだけど、ちかくに新しいパン屋さんができたんだって~」
「パン屋?」
「みき、あたしはクロワッサン」
「わたしはチョココロネ~」
「おい、なんでわたしがおごることになってんだ」
部室を出る。みきがカギをかけて、それから国語研究室に向かう。
代表してみき、入って、顧問の前田先生にカギを渡す。めがねをかけた、若い先生である。
「あ、そうだ夏井さん」と前田先生。「ちかくにおいしいパン屋さんができたらしいのよ」
「え、あ、はい」
「メロンパン、おいてあるかしらね~」
「……わかんないですけど」
国語研究室を出て、待っていたふたりに、みきはいう。
「前田先生もいってた」
「なにを~?」
「パン屋のこと」
「あおばちゃん、食いしん坊だかんなー」
前田先生のフルネームは、前田あおばだった。
校門を抜けて、通りに出る。どこにできたの、とみき。なんだかんだで気になってんじゃん、しお。えっとねぇ、ゆかが先を歩く。
「あれか」
街角に、ニューオープンののぼりを出した、パン屋があった。なかに入ると、小麦の香ばしさが鼻をくすぐる。
「あたしはカレーパンにするか」
「おまえ、さっきクロワッサンにするって……」
「わたしはホットドッグ~」
「……メロンパンにするか。あ」
「ん?」
「前田先生、メロンパンが食べたいって」
「ふーん」
トレイのうえに、メロンパンが二個、のる。
「割り勘な」
「あたし今日、財布もってきてないんだけど」
「うそつけ。体育のあとに、おまえがジュース買ってるの見たからな」
「ざんねん」
ひとり二百円くらい出した。外に出ると、空気が冷たい。
「それ届けんの?」
「どーしよーな」
「せっかくだし、届けてあげよ~」
「めんどくせー」
「こら、しお」
「わかったわかった」
学校にとんぼがえり、するとちょうど、前田先生が帰ろうとしているところだった。
「あ、前田先生」
「あおばちゃーん、労働したぞー」
「あれ、帰ったんじゃ」
「メロンパン買ってきたの~。一緒にたべましょ~」
てきとうに座るところを見つけて、パンをたべる。
「あ、ほんとにおいしい」
「ひと働きしたら、余計うめーな」
「歩いただけだろ」
「しあわせの味~」
ゆか、ふにゃけた顔でひとりいう。まわりのさんにん、なんとなく笑う。
「あ、これいくらしたの?」
「五百円」
「たけーよ」
「それくらいの価値はあるわよ」
先生、財布から五百円玉を三枚だして、くれる。
「ないしょにしなさいよ」
「へっへー、ゲット」
「てめーな……」
パン、腹に消えて、解散にする。前田先生は別れ際、「気をつけて帰りなよ」とひとこと。
家路に就いて、しおが、
「先生、ぜったい五百円貯金してる」
「……してるだろうな」
「将来見据えてるんだね~」
もうすぐ六時、もうすぐ十二月の日だった。
【玉原しお 高校一年生】
軽音楽部、ベース担当。
めんどうくさがりの天才肌。冗談が好き。
てきとうなことをいっては、みきのツッコミをくらう。ゆかとは小学校からの幼馴染。