64 姐御
週末、部屋で自主練していたら、みきの携帯が鳴った。
見ると、シーである。めずらしいなと思いつつ、電話に出ると、
「困ってしまいました」と、開口いちばんに。
「うん」状況をつかめず、「なにに?」
「まいごです」
「えっと……シーちゃん、いまどこ?」
訊くと、みきの家のすぐ近くだった。なにかの用事で出てきて、まよってしまったのだろう。
シーも、なんとなく「みき宅の近く」というのは知っていて、電話をかけてきたという。
「すぐいくから、うごかないでね」
「はい。ありがとうございます」
電話を切って、すぐに支度をする。正午過ぎ、家を出る。天気は晴れで、さんぽするにはもってこいの、梅雨時期にすこしにあわない空。
みき、ちょっと意外だった。シーはけっこう、しっかりした子だとおもっていたけど、まいごになってしまうなんて。
ま、そういうかわいらしい一面もあるのかな。軽音楽部の一年生のなかでは、たしかにひとり、落ち着きのある子だけど。ていうか、まいごにしては、電話口の声、落ち着いてたけど。
五分くらい歩いて、見つけた。ちょっとした公園のジャングルジムちかくに、シーがいる。で、そのよこに、うずくまっているちいさなおんなのこも。
「あ、みき先輩」
シックな色合いの服装したシーが、やわらかく手を振ってくれる。で、おんなのこに、
「もうだいじょうぶだよ、先輩、きたから」
みたいに、語りかけている。で、みき、合点がいった。と同時に、これはちょっとたいへんな仕事になったかもしれない、とりあえず近づいてみる。
「まいごです」と、シー。「このあたりの子らしいんですけど、引っ越してきたばかりで、道はよくわからないって」
「うん、そっか」みき、ひざをかがめて、「ね、きみ。おなまえは?」
「さつき……」よわよわしい声で、「しんどうさつき……」
「さつきちゃんか、よしよし」
みき、あたまを撫でて、手を引っぱり、ゆっくり立たせてあげる。
「家、わかりそうですか?」
「うん。新藤さんなら、たぶん。団地はちょっとちがうけど、引っ越してきたばかりっていうなら、まちがいないかな」
「よかった」シー、安堵の表情で、「おねえさんが連れていってくれるって」
「うん、いっしょにおうち帰ろっか」
こくりと肯いてくれる。で、みきとシー、ふたりで手をとって、公園をあとにする。
◇
「お手柄だったね、シーちゃん」
と、みき、帰路に就きつつねぎらう。
さつきの家は、みきが連れていった新築の新藤宅であっていた。親御さんにはずいぶん感謝されてしまい、さいごはさつきも笑顔だったので、ひとまず一件落着である。
とはいえ、シー、かぶりを振って、
「いえいえ。わたしはなにもしてませんから。先輩がきてくれなかったら、わたしもさっちゃんといっしょに、まいごでした」
「あ、もうあだ名で呼ぶくらい仲いいの?」
と、みき、ふいに気づく。
「いま、わたしも……って、いった?」
「はい。まいごです」
「……」
「気分転換にさんぽしてたら、たのしくなっちゃって」淡々という。「バス停、どこでしょう」
「……この道をまっすぐいったら、バス通りに出るよ」
笑顔で感謝される。けっきょく、まいごの面倒をいちにちでふたり見ることになった。
シー、歩き出して、
「先輩」と、ふりかえる。「先輩のあだ名も、いま考えてるんですけど」
「うん」
「姐御とかどうですか」
「やだ」
「あはは」
シーが声を出して笑っている。みき、そういうすがたをはじめて見たかもしれない。
「では、また月曜日に」
「うん、またね」
ちょっと満ち足りたかんじがして、みきもまた、自宅への道を急いだ。
【新藤さつき 小学二年生】
みきの近所に引っ越してきた小学生。
不慣れな道でまいごになったところを、シーとみきに助けてもらった。
ふだんはしっかり者の明るい女の子で、愛されキャラの、学校でも家でもアイドル的な存在。ハンバーグカレーがすき。




