63 ウォンバット
「いよいよ大詰めだね、夏井さん」
と、前田先生、めがねの奥でにっこりする。国語研究室、部活の鍵を返しにいくと、こういわれた。
「来週の土曜日には本番でしょ。首尾はどう?」
「みんな仕上がってきてますよ」と、みき、こたえる。「やる気もすごいです。大矢さんとかは、とくに」
「そっか。それはすごくたのしみだな」
前田先生、テーブルのいちばんうえの引き出しを開けて、そこに鍵をおさめる。で、みきに向きなおり、
「えっと……いつもなら月曜日は部活できないんだけど、来週は文化祭にそなえて月曜も部活オーケー。これいってたっけ?」
「はじめて聞きました」
「え、うそ。じゃあその日にわたしが演奏聞きに行くっていうのも、初耳?」
「初耳です」
「そっか。じゃあ、いまいったから。たのしみにしてるね」
よろしくお願いします、とだけいって、みき、国研をあとにする。
で、廊下に出るなり、
「月曜日だって」と、ため息まじりにいった。
「月曜日?」しお、きょとんとした顔。
「なんか来週は月曜日も部活できるらしい」と、みき、補足する。「そしてなんと、前田先生が演奏を聞きにきます」
「おぉ、ついに、ですねっ!」
かうな、前のめりになる。やっぱりこの子、張り切ってるな、と思いながら、
「みんな、月曜日はだいじょうぶ? 急だから、もう予定はいってるとか……」
見回してみる。とくに、そういうことはなさそうである。
「うん、なら問題ないかな」
ちょっと安心する。たしかに、そろそろ演奏を聞きに来るころあいだとは思っていたが、急にいわれるとさすがにびっくりする。
なにより、月曜日、というのが変則的だ。そろわなかったらどうしよう、というのは不安ではあった。
「あおばちゃんに聞いてもらうの、いつぶりだろーな」
と、しお、かばんを背負って。
「一年生ははじめてか」みき、ふと思い当たる。「というか、ひとに聞いてもらうこと自体、はじめて?」
「はい、はじめてです」シー、うなずく。「ドキドキですね」
「うちも……」ねね、ちいさくなっていう。「うまくできるかな」
「だいじょうぶだよ、ふたりともっ! いっぱい練習したしっ」
「そうだよ~」と、ゆか。「それに、前田先生、やさしいから」
なんて、わいわいしながら、六人そろって校舎を出る。よわめの雨が降っているので、おのおの傘をさす。
かうな、
「当日は晴れますかね」
「天気予報だと、晴れだったよ」と、みき。
「せっかくなんだから、たくさんのひとに来てほしいですね!」
「たくさんのひと……」しお、かうなのお団子あたまを見ながら、「体育館がいっぱいになるくらい?」
「おお、いいですねっ!」
「そ、そんなに大勢のまえで、うたえない……」
「ねねちゃん、だいじょうぶだよ」シー、ほほえみかける。「観客みんなウォンバットだと思えばいいよ」
「それはどうかな……」みき、苦笑い。
「ウォ、ウォンバット……!?」ねねも、シーのことばにうろたえる。「どんな顔してたっけ、ウォンバットって」
「あ、そっち?」
なんというか、この感じ、すごく“らしい”気がする。みき、あんまり心配しないでよさそうだな、と、傘をさす仲間を見つめている。
【陈诗涵 担当:キーボード】
一見するとクールな女の子。
実態は謎のボケを連発する不思議な女の子。
器用で技術を身につけるのもはやい。変人どうし惹かれ合うのか、しおとはけっこう馬が合って、ちゃんしお先輩と呼ぶくらいの仲。




