56 好きだよ
みき、隣町まで出かけていたら、きゅうに背後から、
「みきせんぱーい」と、きこえる。ふりかえれば、「あ、やっぱり! みき先輩!」
「かうなちゃん?」
軽音楽部の後輩、大矢かうながいた。ストリートなファッションして、手を振りながら駆け寄ってくる。
「奇遇ですね! お出かけですか」
「うん。かうなちゃんも?」
「わたしはちょっとした散歩です。このあたりに住んでるんです」
で、なぜかちょっと自慢げに、胸を突きだす。あんまりないとかいわないけど。
「そうなんだ。あ、だったら、近くにあるパン屋、知ってる?」
「パン屋さんですか? こっちです!」
ずんずん歩いていくので、ついていったら、すぐ見つかった。『天空の食パン』とか書いてあるのぼりが立っていて、すごく目立つ。
「パンを買いにきたんですか?」
「これがメインってわけじゃないけど。このあいだテレビで見て、気になったから」
「ここ、人気店ですからね! あの『天空の食パン』とか!」
「天空……」
なんなのだろう、その『天空』とは。天にも昇るおいしさとか、そういうぐあいかな。
みきたち、とりあえず店に入る。パンのいい香り。おなかが空いてくる。
「おすすめはやっぱり、天空のなんたら?」
「そうですね! あとはメロンパンもおいしいですよ、サクフワってやつです」
「そうなんだ」
サクフワ食感か、いいな。みき、
「ここで豆知識をひとつ。前田先生はメロンパンをあげると五百円くれる」
「おぉ、錬金術!」
「おかねに困ったら試してみてね」
トレイに、メロンパンをいれる。いや、錬金術用ではなく、みきが食べるぶん。おとうさんのも買っておく。
あとはやはり、『天空の食パン』とやらであろう。見るとすでに品薄で、なるほど、人気商品なのは実際そうらしい。
「ふわふわって感じ?」みき、語彙力がない。
「はい、ふわふわって感じです! 雲みたいな食感ですよ」
「やっぱりそのまま食べるべきかな」
「トーストでもオーケーです!」
みきのなかで、期待値がどんどん高まっていく。
「あ、そうだ、かうなちゃん。パンを一個おごらせてよ」
「いいんですか?」
「うん、わざわざ案内してくれたんだし、お礼に」
「でしたら、ミルクフランスで!」
「ミルクフランスね。すきなの?」
「はい、だいすきですっ!」
たいへん元気がよろしい。この子を見ていると、みき、なんだか子犬を見守る母犬のきもちがわかる気がする。
会計を済ませて、外に出て、近くに公園があるらしい。そこでてきとうなベンチに座り、軽いランチでパンを食べる。
「そういえば、みき先輩」かうな、ミルクフランスにかじりついて、「お魚は好きですか?」
「うん? 好きだよ」
「えへへ、好きだなんてそんな」
「魚がね?」
「えへへ」かうな、たのしそうに笑う。「だったら、あの、お魚いりませんか? あした釣りにいくんですけど、たぶんたくさん釣れるので」
「たくさん釣れるって、わかるの?」
「わたし、こう見えて、釣り名人なんですよ!」胸を張る。あんまりないけど。「いつもはシーちゃんに配ったりするんですけど、それでもたくさん余っちゃうので、先輩もどうかなって」
「うーん。じゃ、もし余ったら引き取るよ」
「わかりました! たのしみにしててくださいね! いっぱい釣ってきますから」
そんな話をしながら、かうな、いつのまにかミルクフランスを平らげていた。
【前田あおば 国語教諭】
平川高校の国語教諭。
軽音楽部の顧問でもある。
物腰の柔らかいひとだが、若いころは尖っていたらしい。五百円の件は「02 五百円」参照。




