52 おなじ②
部室にもどると、かうなが、
「みき先輩」と、呼びかけてくる。「あの、もういっかい、やらせてもらえませんか」
いつもの楽しげな顔じゃない。理由を訊くと、「なんというか」と頭をかいて、
「どこかしっくりこなくて。それがどこなのかよくわからないんですけど、でも、なんか、ズバババーン! って感じがなくて」
ズバババーン。
見ると、シーとねねも、どうやらもういっかいやる気らしい。それぞれ立ち位置についている。みきたちとしては、好都合である。
「うん。よし、やろう」
みきの言葉に、かうな、よろこぶ。
が、もういちど合わせるまえに、やることがある。
単に合わせるだけじゃ、意味がないのだ。進歩はすくなからずあっても、効率的じゃない。
「はじめるまえに、確認」と、みき、楽器をもっていう。「さっきの演奏について。まずよかったところは……」
……よかったところ。なにがあったっけ。
「あんまりないよぉ」と、ゆか、ばっさり切り捨てた。
「……だそうです」みき、肩を落とす。「まぁ……だからって、悲嘆にくれることもないよ。あと一か月でしあげていこう。そのときに大事なのが、聞くこと。わたしたちはバンドだから、たがいの音を聞かなきゃはじまらない。六人でひとつだから、ね?」
一年生、うなずく。
でも、これだけじゃ変われない。そのことは、みき、身をもって知っている。実際、みきたちが初めて合わせたときも、そうだった。
聞くことをどれだけ意識したつもりでも、いざ合わせとなると、うまくいかない。あたまではわかっていても、からだがそう動くとは限らないのだ。
だから、
「かうなちゃん」
と、名指しする。かうな、背すじをピンと伸ばす。
とがめるわけではない。そういうの、みき、苦手なのである。怒るとか、むずかしいし、わたしには合わない、と思っている。
そこで、ひとつ、音を奏でる。で、
「この音は?」と、訊く。
「えっと……」
かうな、自前のギターで同じ音を。
「よし、ゆか」
声をかけると、一定の間隔で、スネアでリズムを刻んでくれる。ゆるやかなスピード。
みき、別の音を弾く。長さ、ゆかのスネアで、四拍分。かうなにまねをさせる。
それを何回か続けていく。かうな、さいしょはふしぎそうにやっていたが、しだいに、集中していく。次の音は。次の音は。次の音は……
……次の音は。
ひととおりおわる。つまり、スケールが終わる。さいご、みき、
「目を見て、かうなちゃん」
と、告げる。視線がばっちり合う。びっくりするほど真剣な目だ。
いけそう。
「準備はいい?」
部員は、みんな、万全で待機していた。ゆか、スティックを鳴らして、
「ワン、ツー、さん、はい」
もういちど、前奏から。かうな、みきからなるべく目を離さない。だいじょうぶ、聞こえてる、と思った。みきにも、かうなにも、みんなにも。
これだ、と叫びたくなる。この感じなんだ、ほんとうは!
恋は渦巻きのように
こころを掴んで離さないよ
初夏は波のようにさらう
澄み渡った空を切り いまは夢の唄……
最後の響きが終わるまで、みき、とても楽しんでいた。たぶん、まだまだなのだけれど……楽しかったのだから、しかたない。
かうな、
「先輩」と、いつもの楽しげな顔で、「なんか、なんか、言語化できないんですけど!」
もどかしそうに、じたばたしている。自分もおなじだったので、みき、ちょっと笑ってしまった。
【戸殿ゆか 高校二年生】
マイペースなおっとり屋。
意外と手厳しい。
ねこがすき。三度の飯よりねこがすきというか、三度の飯もすき。おいしいものとねこがすき。花より団子とねこ。




