36 うたごえ
みき、部室で、しお、ゆかと駄弁っていたら、きた。シーとかうなに連れられて、そわそわした女の子。
ちょっとウェーブのかかったショートヘアで、背はかうなより高いが、シーよりは低い。握津ねねである。
ねね、部室にはいってくるなり、みきを見て、顔をまっ赤にする。
「こちら、夏井先輩の大ファンです」
「え、あ、うん……そうなんだ」
「自己紹介」
「あ、あの、握津ねねです!」
「わたしは夏井みき。よろしくね」
「は、はいっ!」
返事は思ったより元気よく、というかんじだったが、いかんせん、目を合わせてくれない。だいぶ恥ずかしがっている。
それなのに、ゆか、
「かわいい子だねぇ」といいながら、抱きついてしまう。「わたし、戸殿ゆかだよぉ」
「ふぇっ、あ、はい!」
返事はしたが、からだは、かちこちに固まってしまった。
まあ、慣れるまではしかたないか、と思い、みき、ひとまず入部届をとりだしてみる。とはいえ、まだ、わたすわけでもない。
「えっと、軽音楽部に興味があるって聞いたんだけど」
「あ、はい……でも、うち、こんなだし……楽器もできないから、今日は見学というか」
「そうなのぉ?」ゆか、ちょっと残念そう。
「あたしも楽器できないよ」と、シー。
「え、そうなの?」
「うん」
ねね、意外という表情。あんまりむずかしく考えなくていいよ、と、かうながいう。
でも、ひとまずは、見学といいはるので、そうしてもらうことにした。部活は、いまのところ、個人練習がおもになっている。
見学のねねは、だいたい、みきの練習をじっと見ていた。なんというか、とても、やりにくい。基礎練、ひととおりおわって、ちょっとひとりで演奏していると、ずっと見られている。
「んーっと」始末にこまって、「やってみる?」
「あ、いや、その」
「おいで」
ねね、いそいそと近づいてくる。
「でも、うち、ギターは……」
「そう? まあ、楽譜みるだけみてみたら」
読めるのかはよくわからないが、みせてみる。みきの手書き譜面である。
「都会のランプ……消え入る街角……」
ねね、メロディのほうをくちずさむ。声はちいさいが、音程は正確。
「じゃあ、うたってみる?」と、みき、いうと、
「え!?」と、よけいにびっくりする。「あの、でも」
「せっかくきたんだから」
「……」
ねね、譜面をじっと見て、考え込む。みき、しばし待つ。
やがて、ねねは顔をあげて、
「へたくそですけど……」
「わたしもへただよ」
「い、いえ、そんな!」
まだ、ちょっとなやむ。それも、みきは待つ。するとようやく、はっ、と息を吸った。
都会のランプ 消え入る街角
鳴いていたからすにあそぶ日々
――
透き通ったきれいなうたごえだった。しかも、初めてうたう曲にはまるで聞こえない。自分よりずっとすごい、と、みきは思った。
気がつけば、聴き入っている。ねね、うたいおわると、まわりで聴いていたゆかたちからの拍手があって、みき、はっとなる。それくらい入り込んでしまっていた。
「あ、あの、ねねちゃん」
「……はい」
ねね、はずかしそうに縮こまっている。そんな子の手をとって、みき、
「軽音楽部、はいらない?」
「え、あの、うちなんか入ったら、めいわくじゃ……」
「そんなことないよ!」
みき、自分でもふしぎなくらい、本気のことばでそういった。すこしうつむいて、ねね、目線をあげると、「うちなんかでよければ……」と、ちょっと控えめにいった。
【朝を歩け】
ハイルーフ、初のオリジナル曲。
作詞はしおで、作曲はゆか。
やわらかいメロディが特徴で、みきはそれを爽やかに歌い上げる。新入生歓迎会で披露した。
うめの父がCDをつくってくれてもいる。音源はいつのまにか前田先生が提供した。




