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朝を歩け。  作者: 維酉
2nd Single【恋と渦巻き】
32/176

27 お買い上げ

「あ、夏井さん」


 と、声をかけられた。CDショップでふらふらしてたら、うしろから。


 振り返ってみると、顧問の前田先生がいた。私服姿が、かわいい。

 なんたる偶然、とかおもいながら、「こんにちは」とあいさつする。前田先生、わらって、


「校外なんだから」という。「そんな礼儀正しくしなくても」

「いえ、先生ですし」

「まあ、そうなんだけど……買い物?」

「えっと、はい。新譜の発売日なので」

「ん……コロニカ?」

「あ、はい。そうです。もしかして、先生も?」

「ううん。わたしはべつ……ていうか、敬語じゃなきゃだめ?」

「え、だめじゃないんですか?」

「スイッチが入ってないからさあ……」

「えっと」


 教師としてのスイッチなのだろうか。なんにせよ、敬語じゃないと、逆にこっちがはなしづらくて、困る。


「あ、じゃあ、そうだ。むりやり入れよう、スイッチ」


 とか、前田先生、いって、自分の頬をぱんとたたく。


「うん。部活のほうはどう?」


 先生らしいことを訊いてくる。


「順調です」と、答える。

「そっかそっか……うん……だめだなあ」


 スイッチ、入りきらなかったらしい。


 まあとりあえず、買うもの買おう。先生、そういって歩きだす。みきもそうする。


 新譜のコーナーにきて、みき、コロニカのあたらしいアルバムを手にとる。コロニカは、最近メディアの露出もおおくなってきたガールズバンドで、みきはむかしっからのファンだった。


 かくいう前田先生、O-MotというシンガーソングライターのCDを、四枚ほど手にしている。


「……そんなに?」

「そんなに。こればっかりは仕方なくてさあ」


 そういうと、前田先生、しばらくみきの顔を見つめてから、


「夏井さんにもあげよう」


 と、また一枚とった。


「えっと……もしかして、それ、ぜんぶ配るとか?」

「配るっていうか……頼まれたんだよね。もちろん、わたしのぶんもあるけどね。あ、夏井さんのぶんは、わたしの気まぐれ」

「いいんですか?」

「うん。というかね、きいてほしいのよ、ぜひに」


 けっこう強く推された。会計をすませて、ほんとうにもらう。みき、お礼をいう。前田先生は、「いいのいいの」とわらって、


「じゃ、わたし約束があるから」


 と去っていった。


 見送って、みき、もらったCDをまじまじと見つめる。見るに、デビューシングルのようだった。表題曲は――『モーニング』。うちのバンドの曲と、『朝』つながりだ、とかおもう。


 ジャケット写真には、若い女のひとがうつっていて、たぶんこの人がO-Mot。なんて読むんだろう。『オーマット』? 『オーモト』ではあるまい、さすがに。いや、ありうるかも。


「……ま、きいてみようか」


 と、歩きだしたとき、だれかとぶつかった。わっ、とおどろいて、すぐに相手の顔を見て、


「ご、ごめんなさい」

「う、ううん。こちらこそ……あ」

「……え?」


 きゅうに、びっくりしたような顔をされる。あれ、わたし、なにかしたかな。みき、そう考えたものの、すぐにわかる。


 CDのジャケ写のひとと、おなじだ。ということは、


「お、おーもと……」

O-Mot(オーマット)!」訂正された。「い、いや、大元ではあるんだけど……」

「ほ、本名が……?」

「……あー、なんというか、その」


 めちゃくちゃ目が泳いでいる。大丈夫なのだろうか、このひと。慌てる大元さん、落ち着け、落ち着け……とちいさくつぶやいて、それからぎこちない笑顔をうかべて、


「お買い上げ、ありがとうございました!」


 というなり、走ってどこかへいってしまった。で、走った先で、まただれかとぶつかる。すごい勢いであやまって、それからまた走っていく。


 ほんとうに大丈夫なのだろうか、あのひと。じゃっかん、不安になりながらも、みき、きょうのところは家路に就いた。



【O-Mot シンガーソングライター】


 若手の歌手。

 本名は大元みい子。


 父親がサックス奏者で、母親が音楽教師。幼いころから音楽に触れ、高校時代はバンド活動を経験した。『モーニング』でメジャーデビュー。年齢は秘密だが、昔からのファンにはもうバレているらしい。

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