27 お買い上げ
「あ、夏井さん」
と、声をかけられた。CDショップでふらふらしてたら、うしろから。
振り返ってみると、顧問の前田先生がいた。私服姿が、かわいい。
なんたる偶然、とかおもいながら、「こんにちは」とあいさつする。前田先生、わらって、
「校外なんだから」という。「そんな礼儀正しくしなくても」
「いえ、先生ですし」
「まあ、そうなんだけど……買い物?」
「えっと、はい。新譜の発売日なので」
「ん……コロニカ?」
「あ、はい。そうです。もしかして、先生も?」
「ううん。わたしはべつ……ていうか、敬語じゃなきゃだめ?」
「え、だめじゃないんですか?」
「スイッチが入ってないからさあ……」
「えっと」
教師としてのスイッチなのだろうか。なんにせよ、敬語じゃないと、逆にこっちがはなしづらくて、困る。
「あ、じゃあ、そうだ。むりやり入れよう、スイッチ」
とか、前田先生、いって、自分の頬をぱんとたたく。
「うん。部活のほうはどう?」
先生らしいことを訊いてくる。
「順調です」と、答える。
「そっかそっか……うん……だめだなあ」
スイッチ、入りきらなかったらしい。
まあとりあえず、買うもの買おう。先生、そういって歩きだす。みきもそうする。
新譜のコーナーにきて、みき、コロニカのあたらしいアルバムを手にとる。コロニカは、最近メディアの露出もおおくなってきたガールズバンドで、みきはむかしっからのファンだった。
かくいう前田先生、O-MotというシンガーソングライターのCDを、四枚ほど手にしている。
「……そんなに?」
「そんなに。こればっかりは仕方なくてさあ」
そういうと、前田先生、しばらくみきの顔を見つめてから、
「夏井さんにもあげよう」
と、また一枚とった。
「えっと……もしかして、それ、ぜんぶ配るとか?」
「配るっていうか……頼まれたんだよね。もちろん、わたしのぶんもあるけどね。あ、夏井さんのぶんは、わたしの気まぐれ」
「いいんですか?」
「うん。というかね、きいてほしいのよ、ぜひに」
けっこう強く推された。会計をすませて、ほんとうにもらう。みき、お礼をいう。前田先生は、「いいのいいの」とわらって、
「じゃ、わたし約束があるから」
と去っていった。
見送って、みき、もらったCDをまじまじと見つめる。見るに、デビューシングルのようだった。表題曲は――『モーニング』。うちのバンドの曲と、『朝』つながりだ、とかおもう。
ジャケット写真には、若い女のひとがうつっていて、たぶんこの人がO-Mot。なんて読むんだろう。『オーマット』? 『オーモト』ではあるまい、さすがに。いや、ありうるかも。
「……ま、きいてみようか」
と、歩きだしたとき、だれかとぶつかった。わっ、とおどろいて、すぐに相手の顔を見て、
「ご、ごめんなさい」
「う、ううん。こちらこそ……あ」
「……え?」
きゅうに、びっくりしたような顔をされる。あれ、わたし、なにかしたかな。みき、そう考えたものの、すぐにわかる。
CDのジャケ写のひとと、おなじだ。ということは、
「お、おーもと……」
「O-Mot!」訂正された。「い、いや、大元ではあるんだけど……」
「ほ、本名が……?」
「……あー、なんというか、その」
めちゃくちゃ目が泳いでいる。大丈夫なのだろうか、このひと。慌てる大元さん、落ち着け、落ち着け……とちいさくつぶやいて、それからぎこちない笑顔をうかべて、
「お買い上げ、ありがとうございました!」
というなり、走ってどこかへいってしまった。で、走った先で、まただれかとぶつかる。すごい勢いであやまって、それからまた走っていく。
ほんとうに大丈夫なのだろうか、あのひと。じゃっかん、不安になりながらも、みき、きょうのところは家路に就いた。
【O-Mot シンガーソングライター】
若手の歌手。
本名は大元みい子。
父親がサックス奏者で、母親が音楽教師。幼いころから音楽に触れ、高校時代はバンド活動を経験した。『モーニング』でメジャーデビュー。年齢は秘密だが、昔からのファンにはもうバレているらしい。




