171 東京
「みき、東京いくの~⁉」
と、ゆか。お昼休憩になったとたん、泣きつかれた。
みき、とびついてくるゆかをいなしつつ、
「どうしたの、いきなり」
「わたしを置いていっちゃうんだぁ~!」
「どうどう、落ち着け」
「あ、ゆかちゃん、困らせちゃだめだよ」
と、うめも、みきの教室にやってくる。お弁当を片手に、ちょっと苦笑い。
「えと、みきちゃんが、東京の大学受けるって聞いて……」
「あぁ、そういう。つっても、まだ決めてるわけじゃないからな」
「いっしょに広島の土に骨を埋めようよ~!」
「いやな引き止め方だな……」
「あはは……」
てきとうな机をみつくろって、お昼にする。ゆかは、まだちょっとうるさくて、
「東京はこわいんだよ~!」と、力説する。「死の街だからね~!」
「ストレートにこわそうだな」
「おびただしい数の摩天楼が陽の光を遮る暗い灰色の街を死んだ顔の人間が闊歩する魔境で、地上には空を突き刺すような怪電波を発するふたつの塔がそびえたち、地下には踏み込んだら最後生きては出られないようなほど入り組んだ迷宮が……」
「すげえ流暢にしゃべるじゃん」
「語彙力も急成長してる」
「東京なんていっちゃだめだよぉ……!」
「そこまで引き止められるとな……」
みき、肩をすくめる。まさか、こんなに必死に止められるとは思わなかった。
うめ、一口サイズのハンバーグをつまみながら、
「みきちゃん、ほんとに東京の大学受けるの?」
「候補のひとつってだけだよ。気持ち的には、三十パーセントくらいかな」
「ゼロっていえ~!」
「三十パーセントくらいだ」
「え~⁉ みき、わたしと離れて平気なの~⁉ こんなにかわいいのにぃ!」
「かわいいとは思うけどさぁ……」
「毎週会いにきてくれないとやだよ~!」
「無茶いうなよ」
「わたしも毎週会えるならうれしいなぁ……」
「うめちゃんまで」
うめ、くすくす笑って、
「でも、そっかぁ。県外にいくっていうのも、ありなんだよね」
「うめちゃんもどっかいっちゃうの~?」
「うぅん、わたしは地元の大学にいくつもりだけど……」
「そういう、ゆかは?」
「わたし、進学できるかな~?」
「あはは……でも、気になるのはそこだよね、結局」
「わたしも東京の大学受けたって、落ちるかもしれないしな」
「あ、そっかぁ。不合格になればいいんだよね~」
「おい」
「進路かぁ。なんだかはやいなぁ」
「まぁ……たしかに」
「卒業したくないな~……ずっとバンドやってたい……」
「……」
みき、なかばあきれつつも、気持ちはわからないでもない。ちょっと沈黙がつづく。
と、そこに、
「あれ、なんか暗め?」購買にいっていたのの、帰ってくる。「なにかあった?」
「ののちゃん~、卒業したくないよぉ……!」
「え、なになに。社会に放り出されるのがこわいって話?」
「ちがうけど、それもあるかも」みき、肯いて。
「だいじょうぶだよ、まだ一年あるし! それまでに働かなくていい社会をつくろう!」
「壮大だね……」
「で、じっさい、みきちゃんたちは卒業したらどうするの? バンド続けるの?」
「え? あー……まぁ、続けてもいいのか、部活なしでも」
「あ~、そっかぁ。スタジオ借りたりしてねぇ。だれかが東京いったら無理だけど~」
「うるさいな、考えとくよ……」
「あ、ゆかちゃんも上京するとかは?」
「東京きらい~」
「きらいだったら無理かぁ」
のの、くつくつ笑う。
とにかく、みき、いちおう志望校はもういちど考えてみようと思う。
【鳥羽ひかり 平川高校教員】
数学科の先生。
みきのクラスの担任をしている。
前田先生と同期で、仲が良い。同学年の担任どうしということもあって、教育研究と称してはふたりでちょくちょく飲みにいく。