09 がんばろーな
冬休み明け、はじめての部活。
部室には空き教室を使っていた。暖房も何もない、簡素な部屋。
練習していたら、顧問の前田先生、珍しくやってきた。めがねをかけた、若い先生。
たまには、練習、見てみようかと思って。先生に見られて、軽音楽部のさんにん、というか、ゆかとしお、若干ぎこちない。
「もっと楽にしろよ……」
「だって、緊張するよ~」
「しおもか?」
「さぼれねーじゃん」
「前田先生がいなくてもさぼれねーよ」
先生、そんなやりとり聞いて、くすりと笑う。
「はい、じゃあ、ちょっと聞いてね」
前田先生が話しはじめた。どうやら、先生の目的、四月の新入生歓迎会で演奏できるかどうか、見るためらしい。
元軽音楽部で、いまでもたまにアコースティックギターで弾き語りをする、先生の目。わたしたちの演奏、どう見えるんだろう。みき、ちょっぴり不安。
「そんなに気負わないのよ、夏井さん」と前田先生。
「そうだぜ、みきー」
「そ、そうそう~」
「ゆかがいちばん緊張してんじゃん……」
こういうゆかも、レア。
みき、ギターを持って、チューニング、音出し。……問題ない。いける。しおも同じようにする。ゆかはスネア、ハット、シンバル、バスドラム……鳴らしていく。
さんにん、目くばせ。だいじょうぶらしい。
「あの、じゃあ、曲やってみます」
「うん」
前田先生、てきとうな椅子を引っ張り出してきて、座る。
みき、深呼吸した。なんともいえない緊張感、はらの底からくる。
「はじめるよ」いうと、
「いいぜー」
しおは自信ありげな面持ちでいった。反面、ゆかは顔が怖い。それでも、こころの準備、できたらしい。スティックを、掲げる。カチカチやって、
「ワン、ツー、さん、し――」
音を、鳴らす。強すぎず、弱すぎない、自分らしい音を目指す。
コードを刻む手。小刻みに震えるギターの弦。アンプから音が吐き出される。譜面台、手書きの楽譜を見ながら、歌を、放った。
都会のランプ、消え入る街角――。
しおの書いた、アンニュイで気だるげな詞。やわらかな音色を、ゆかが付けた。それをみきがうたう。
自分の声、ギターの音、ぜんぶ聞こえる。しおが鳴らすベース、タイミングがぴったり合ったのも感じる。テンポはゆかが決めていく。ゆったりした、落ち着きのある感じで。
そう、このまま。
Aメロ、Bメロ、そしてサビ。『どううたえば、つくったふたりの気持ちに近づけるかな』。楽譜に書き込まれたその言葉が、目に入る。ちいさな、丸い、みきの文字。
どううたえば。
楽譜から目を離す。しおと目が合った。微笑みをもらう。
いいんだよ、自分らしくうたえば。
ああ、それでいいんだ。
刻まれていくエイトビートにのせて、いまだ、と思った。
風が吹いて つれづれを
どこかへ連れ去ってしまう
もうかえらないこの日々が
頬をかすめていってしまう
まだまだ足りないよ すっと触れて消えて
そんな朝を歩け
ひとりぶんの、拍手があった。
「うん、いいと思う」前田先生、満面の笑みだった。「まだちょっと荒いけど、四月には、たぶん演奏できる」
「ほんとうに~!」
いちばん喜んだのは、いちばん緊張してたゆか。肩の力が抜けたらしくて、からだがこんにゃくみたいにふにゃふにゃしている。
「あの、先生」
「なあに、夏井さん」
「改善点って……」
「うん」
先生、姿勢を正す。みきたちも、つられて姿勢がよくなる。
「じゃあ、夏井さんから」
「はい」
「澄んだ歌声で、すごくいいと思う。ただ、迫力に欠けたかな。落ち着いた曲だけど、芯のない声はだめだよ。ギターもしかり。うまいんだから、もっと主張してね」
みき、頷いて、いわれたことを譜面に書き込む。
真面目で良し、つぎ、玉原さん。先生はしおのほうを見た。
「リズムの取り方が正確で、申し分ないけど、そのぶん、機械的になっちゃってたかな。個性を出していこう?」
「努力する」
我を強くもつって、しおには苦手だろうな。みきは思いつつ、「努力する」なんて言葉に苦笑い。
「戸殿さん」
「は、はい!」
「肩に力が入り過ぎ! ちょっと速くなってたよね? ドラムはテンポを維持する大切な楽器だから、気を付けなよ。でも、いい音で叩けてた」
「あ、ありがとうございます~」
現状評価、良。
自信がついた。四月に向けて練習すれば、きっと、いい曲ができる。
文化祭でも、きっと。
「先生、ありがとうございました」
さんにんで礼をする。前田先生、にっこりして、「頑張るんだよ」とひとこと。それで、部室、出ていく。
「……がんばろーな」
しおがいった。みき、ゆか、どこからしくないセリフにきょとんとして、それからちょっと笑って、頷いた。
【前田あおば 軽音楽部顧問】
めがねをかけた若い先生。
熱いロックバンドが好き。
学生時代は軽音楽部で、いまでも趣味で音楽を続けている。たまにストリートで弾き語りをしているのを生徒に目撃されるが、本人は否定している。




