08 隙あり
夜が深い。それなのに、街にはひかりがあふれていて……あ、みつけた。石段、のぼってくるふたりの影。
みき、手を振ると、むこうもきづく。白い息を吐きながら、しお、ゆか、ちょっと駆け足。
「ごめんね、待った~?」とゆか。
「ううん、待ってない。いま来たとこ」
「寒いなぁ、やっぱり」
しお、からだを震わせた。気温、いまは五度を下回った。雪でも降りそうな寒さ、さんにん、身を縮ませて歩き出す。
近所の神社。灰色の、石造りの鳥居を抜けて、境内に入る。ひとはたしかに多くいて、ちょっとだけ、屋台もある。
「もう、今年も終わっちゃうんだねぇ」
感慨深そうな、ゆかの声。
今年も、いろいろあったよな。しおがいう。
四月、高校生になって、みきはふたりと出会った。しおとゆかはもともと友達で、そんなふたりのあいだに迎えられて。
軽音楽部も、いいだしっぺはゆか。部員ゼロで、実質廃部となっていた軽音楽部を、さんにんでやろうと持ち出した。
思えば、みき。ゆかやしおがいたから、いまみたいに、高校生活たのしめているのかもしれない。
なんて思うと、いい一年だったと、感じる。
「……悪くはねー一年だったな」でも、素直にはいえなかった。
「みきのそーいうとこ、嫌いじゃないぜ」
「うっせ」
「……ふたりって、やり残したこととか、ある?」
「やり残したこと?」
「うん」
ゆかの問いかけ。みきは悩むが、しおはすぐ、
「文化祭」といった。
「あぁ……そうだよな」
「来年は出ようね、軽音楽部」
「うん。来年は出る」
「しお、珍しく真面目なんだな」
「年の瀬だぜ。ちょっとはしんみりしますよ」
おどけた表情で、にししと笑う。
でも、文化祭のこと。みんな本気だった。
今年はまだ、人前で演奏なんてできないようなバンド。文化祭は見送った。悔しいって気持ち、たしかにある。
「あ、けどよ。その前に」
みき、ふと思い出した。ふたりぶんの視線が、集まる。
「新入生歓迎会。前田先生に、出てみないかって」
「ほんと~に?」
「うん」
「文化祭の前哨戦かー」
「やるか、しお?」
「やらない手はない」
「決まりだな」
気合、入る。
除夜の鐘が鳴った。
「……何回鳴るんだっけ?」
「一〇八回」
「いま何回目?」
「さあ……六回目くらいじゃね?」
六、七、八、九……しおとゆかは数えだす。心静かに聴くもんだけどなぁ。みきはそう思ったものの、楽しいなら、いい。
今年が終わる。
また来年、どんな年になるものかな。不安なこともそうそうない。きっといい年になる。
「……いま何回?」
「五十八」
「え、ちがうよしお、五十六回だよ」
「え、まじで?」
やってるあいだにも、鐘は鳴る。だめだこりゃ、みきは笑って、腕時計を見た。もうすぐ午前零時。
「こっちのカウントダウンしたら?」
「そうすっかなー」
あと二分。
「年明けたら、跳ぶ?」
「ベタだな」
「楽しそう~」
「ま、いいけどよ」
あと一分。
「跳ぶなら手をつないで~」
「なんならみき、おんぶしてくれよ」
「やだよ。なんでおまえを背負って年越さなきゃなんねーんだ」
「あ、そろそろだよ~」
「よし、みき」
「よし、じゃねーっつーの」
「手をつなご~」
さん、にい、いち……ジャンプ!
着地したら、もう年が変わった。百八回目の除夜の鐘、聞こえる。
「明けまして」としお。
「おめでとうございます」改まって、ゆか。
「……今年も、よろしく」
「よろしく、みきー」
「よろしくね、みき~!」
ゆか、抱き着こうとしてくる。それを軽くいなす、みき。
「かわいくない~」
「うっせ。お参り行くぞ」歩き出したところで、
「隙ありー」
「なんでしおまで来るんだよ!」
捕まった。
今年もなんだか、変わり映えがしなさそう。そう思ったけれど、みき、自然と笑っていた。
変わり映えせず、楽しくありますように。
【スリーピースバンド】
三人編成のバンド。
それぞれギター、ベース、ドラムスを担当して、そのうちのだれかひとり、ないしは複数がボーカルを担当する。
本作ではギターのみきがボーカルも兼ねています。




