109 旅行当日
旅行当日。みき、集合場所の駅前に出向くと、いちばん乗りだった。いつものベンチで暇をもてあそんでいると、
「おはよ~」と、髪を切ったゆかに声をかけられた。
髪を切った、ゆか。
そう。髪を切った、ゆかがいた。
ずっと伸ばしていた黒髪を、ばっさり切って、ショートになっている。
「え⁉」と、みき、度肝を抜かれた。「え、おまえ、だれ⁉」
「ゆかだよぉ、愛しのゆかちゃん」
「あ、ごめん……あまりの衝撃に、つい」
みき、まじまじと、ゆかを見つめる。コンクール以来、会う機会はなかったが、その一週間のうちになにがあったのか。
「え~、照れる~」と、ゆか、まのびした口調で、「そんなにかわいいの~?」
「うん。かわいいが……なんで切ったんだ、そんなに」
「暑くて~」
「暑くて……え、それだけ?」
「うん~。ドラム叩くときも、たまに邪魔だったし」
理由はわからないでもないが、とはいえ、突飛な変化であるのはたしかだ。
あれほど髪を伸ばすのもたいへんだったろうに、こうもばっさりと短くしてしまうとは。
「おまえ……髪って、そんなにすぐ伸びないんだぞ」
「うん、知ってるよ~?」
「おはよー」
と、しお、やってきた。白のトランクケースを引きずり、こちらに向かってくる。
「……」が、しお、ゆかを見て、「これ、なに?」
「そうなるよな」
「ひどいよ、ふたりともぉ。かわいいでしょ~」
「かわいいけどさー……きゅうすぎない?」
「でも、夏休みだよぉ? これくらいの冒険、するよねぇ」
「冒険しすぎなんだって」
と、駅のほうから一年生もやってきた。ゆかの姿を見るなり、
「え、えっと……」かうな、目をぱちくり。「はじめまして……?」
「かうなちゃんまで~!」
「えっ、ゆか先輩ですか……⁉」ねね、口をあんぐりあけて、「な、なにかあったんですか? 悩みとか……失恋とか……」
「ちがうよぉ、ひと夏の冒険だよぉ!」
「すごい冒険ですね……」
シーまで、表情を崩して目を見開いている。
一方のゆか、心外といったかんじで、頬をふくらます。
「だれもかわいいっていってくれない~!」
「いや、かわいいんだって。でも、きゅうなんだって」
「そうですよ、ゆか先輩」シー、肯いて、「おなじ長髪組として、シンパシーをかんじてたのに……」
「かんじてたのかー……」
「え~、でも、むかしはずっと、ショートだったんだよぉ」
「そうなの?」
「むかしって、小学生のころだろー」
「うーん、かわいいと思ったんだけどなぁ」
「かわいい、かわいいですよ、すっごく!」
かうな、失言を挽回しようと、激しく肯定する。まぁ、だれも、似合ってないとは思わない。
「かわいいよね~?」と、ゆか。
「かわいい」みき、もうあきらめて、肯く。「なにかあったわけじゃないなら、べつにいいよ……」
「そういえば、ゆかの家族はー?」
「駅でお土産買ってくるって~」
「お土産?」
「うん。別荘の管理人さんに」
いちどう、納得する。別荘の管理人というワードの異次元さには、この際、驚いてもしかたないので、だれも触れない。
戸殿家が揃うまで、歓談して待った。
【戸殿ゆか 高校二年生】
平川高校の二年生。
おっとり、マイペースな性格。
夏休みの目標は「冒険すること」。ばっさり髪を切ったのはそのひとつ。あとは、見知らぬ料理をたべて冒険したいと思っている。




