108 コーヒー
みき、喫茶店〈テト〉で働いていると、知ったかおが訪れた。
「あら、もしかして」
「わ、はるちゃん。ひさしぶり」
遠桜学園の、鏑木はる。このあいだ、コンクール会場で知り合った子だ。
ひとまず、空いていたカウンター席に通す。水とおしぼりを運ぶと、はる、メニューを吟味している真っ最中。
「みきちゃんは、ここでバイトしてるの?」
「うん。ちょっとまえから」
「ふふ、うれしい偶然」はる、かわいらしくいって、「ね、おすすめはある?」
「おすすめですね。当店自慢のブレンドコーヒーと、たまごサンドが人気です」
「みごとな接客だね」
「からかわないでよ」
はる、にっこりして、みきのおすすめをそのまま注文する。
マスターに注文を伝えると、静かな笑みを湛えて、肯く。口数はすくないがおだやかで、彼を慕ってくる客もおおい、名物マスターだ。
料理を待っているあいだ、はる、店内をぐるりと見回す。
静かで落ち着いた雰囲気の、品のよい喫茶店だ。派手さのないあたたかみのある照明は、安心感があって、そこにここちよいボサノヴァが流れる。
喫茶店をめぐるのはすきだが、これほど雰囲気のよい店は、なかなかない。はる、いいところを見つけたと思う。
「かわいいウェイトレスさんもいますし、ね」
「なに、きゅうに」エプロン姿のみき、肩をすくめて、「ブレンドコーヒーとたまごサンドです。ご注文は以上でおそろいですか?」
「うん、ありがとう」
はる、湯気を立てるコーヒーをひとくち啜る。コクのある苦味と軽やかな風味がひろがって、絶品だ。
たまごサンドにも手を伸ばす。たまごが主役の濃厚な味わいに、思わず目をみはる。
でかけに見つけて、たまたま立ち寄った店だったが、大当たりだった。もっと早く知りたかったな、と、またサンドウィッチをひとくち。
みきは、レジ打ちをしたり、料理を運んだり、忙しそうだがスマートに働いている。はる、食事をたのしみつつ、みきの動きを目で追っていると、
「きみ」と、物静かなマスターに声をかけられる。「夏井ちゃんのお友達かい?」
「はい。学校はちがうんですが」
はる、微笑んで、
「コーヒーもサンドウィッチも、おいしいです。もっと早く知りたかったくらい……メディアの取材とか、よくくるんじゃないですか?」
「たまにね」と、柔和な笑み。「でも、雑誌とか、テレビとか、そういうのはぜんぶ断ってるんだ。ぼくは静かなほうがすきだから」
と、接客が一段落したらしい。みき、近づいてきて、
「そうはいっても、お客さんはおおいですよね。常連さんもたくさんですし」
「たしかに。なんどもきたくなる味です」
はる、肯いて、
「そうだ。みきちゃんも、コーヒー淹れられるの?」
「え、わたし?」みき、目を丸くして、「いや、たまに練習させてもらってるけど……マスターみたいな味には、ちょっと」
「夏井ちゃんはスジがいいからね。夏休みがおわるころには、ぼく並になってるよ」
「やめてくださいよ」
みき、かぶりを振って、また接客に戻っていく。ポニーテールが、みぎひだり。
料理を腹におさめて、お会計。価格も良心的である。
「こんど、たまちゃんも連れてこようかな」
「うん、いっしょにきてよ」
見送ってくれるみきに、はる、笑顔で手を振った。
【玉原しお 高校二年生】
平川高校の二年生。
ものぐさ屋で、省エネ人間。
夏休みの目標は「熱中症にならないこと」。そのため、なるべく外に出ず、過ごしやすい部屋で悠々自適に過ごしている。




