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朝を歩け。  作者: 維酉
3rd Single【夏への扉】
108/176

103 すきに

 みき、お手洗いからでると、


「うぅ……」


 トイレのまえで倒れている生徒を見つけた。


「だ、だいじょうぶですか⁉」


 すぐ駆け寄る。ひとを呼ばなきゃ、なんて思っていると、


「うぅ……」女子生徒、かおをあげて、「おなかすいた……」

「……」


 きゅうに脱力してしまった。


 場所を移し、玄関ホールのあたり。みき、とりあえず、会場内にあったコンビニで、お茶と何個かおにぎりを買ってくる。


 で、ソファに座って、たべものを与えてみた。


「たべられます?」

「神よ……」


 女子生徒、よわよわしくおにぎりを頬張る。たべるスピードは、しだいにはやくなって、二個目を平らげるころにはすっかり元気だった。


「たすかった」と、女子生徒、あたまをさげる。「あともうすこしで、トイレのたま子さんになるところだった」

「そっか」


 いっている意味はわからないが、いちおう、あいづちを打つ。


 かわいらしい女子生徒だった。背はみきより低い。髪はふんわりした質感で、前髪をねこのかたちをしたピンで留めている。


 女子生徒の制服には、見覚えがあった。紺色のブレザーで、胸には桜がモチーフの校章。


「ね、きみ、もしかして――」と、口にだしかけたところで、

「たまちゃん! こんなところにいた!」


 おなじ制服を着た女子生徒が、走ってくる。みきと背がおなじくらい。長い髪を横に長し、まとめている。


「もうすぐ本番なのに、またうろうろして」

「すこしトイレに」たまと呼ばれた生徒、淡々と。「臨死体験も、少々。ね」


 と、みき、同意を求められる。しかたなく、あいまいに肯く。


「あなたが、たまちゃんを見つけてくれたんですか?」と、柔和な笑顔で、「あ、申し遅れました。わたし、遠桜学園の鏑木かぶらぎはるです。こちらが、卜部うらべたまちゃん」

「平川高校の夏井みきです」

「あら、やっぱり、平川高校の!」はる、ぱっと明るくなって、「午前に演奏されてましたよね。すばらしい曲でした」

「観てたんですか?」

「はい。注目してたんですよ。高校近いですし、勝手に親近感、わいちゃって……それに、わたしたちといっしょで、初出場って聞きましたから」


 そういって、花が咲くように笑う。見ていて安心する表情だ。


「あ、もうこんな時間!」と、はる、たまの手をとって、「すみません、わたしたち、いかなくちゃ。あとできちんとお礼させてくださいね」

「いいですよ、そんな」

「ね、ね、みきちゃん」


 たま、去り際に、耳もとで、


「曲、聴いてね。すきにさせちゃうから」


 いって、ひらひら手を振りながら、連行されていく。みき、嵐のようなふたりに少々呆気にとられて、すこしして、観客席に戻る。


 前田先生のとなりに座り、つぎの高校の出番を待つ。前列では、一年生がプログラムを眺めつつ、こそこそ話し合っている。


 と、アナウンスが流れた。遠桜学園の出番だ。


 壇上にでてきたのは、さきほど会った、たまとはる。ふたりとも、椅子に座って、たまはベース、はるはキーボードに指をそえる。


 アイコンタクト。たま、「ワン、ツ、スリー」と唱えて、第一音で空気がかわる。


 厚みと質量のあるベース。激しいスラップで変則的なリズムを奏でる。一方のキーボードには安定感があり、技巧的なたまの演奏をひきたてる。


 たま、うたいだし。ここちよく韻を踏む英詩を、かわいらしくもエッジの効いた声でうたいあげる。そこに、はるのコーラスも加わる。


 サビを超えて、間奏、キーボードがメインパートに躍りでる。一転して、感情的なメロディーラインを奏でる。


 大サビへ。みき、息をつけない。やがて、三分三十秒の、圧巻のパフォーマンスがおわる。拍手の音で、それに気づいた。


 退場時、たま、こちらにちいさく手を振ってくる。演奏中とはちがう、かわいらしいしぐさに、思わず笑みがこぼれる。



【卜部たま 高校二年生】


 遠桜学園高等部に通う二年生。

 気まぐれで、かわいいものがすき。


 人並外れたベースの腕前をもつ。表情の変化に乏しく、なにを考えているのかわからないが、そもそもなにも考えていないことがおおい。

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