101 図に乗るな
午前七時四十五分。みき、駅前に着くと、すでに前田先生がいた。ベンチで足を組み、ねむそうにしている。
「おはようございます、先生」
「あ、おはよう、夏井さん」と、あくびをひとつ。「ごめん。朝はよわくて」
「ふふ、知ってます」
集合時間まで、あと十五分ある。きっと、みんなすぐ来るだろうから、待機の時間。
すこしして、
「や、おはよう」
つぎに集合場所まできたのは、部員――ではなかった。みき、かおを見て、びっくりする。
大元みい子だ。キャップを被り、ラフな格好であらわれた。
「今日の運転手」と、前田先生。「わたしの車だけだと席が足りないから、呼びだしたの」
「ありがたいですけど、いいんですか? 予定とか……」
「たまたまオフだったんだよね」
みい子、遠い目をする。
「マネージャーの子と遊びにいこうと思ってたのに……」
「お、きぃちゃん、元気してる?」と、前田先生、身を乗り出して。
「元気もなにも、きぃちゃん経由で連絡してきたでしょ」
「あれ、そうだった」
旧知のふたり、わざとらしく笑い声をあげる。で、みい子、前田先生のあたまをパシッと叩いておわりにする。
「きぃちゃんって、たしか……」と、みき、記憶をたどる。「ドラマーでしたよね。大元さんたちのバンドの」
「お、すごい記憶力」みい子、肯き、「そうだよ。いまはわたしのマネージャー」
「かわいそうに。こんなやつのマネージャーなんて」
「おまえにいわれたかないよ」
見るかぎり、ずいぶん仲がいいらしい。ふたりにかぎらず、元バンドメンバー全員が。
と、ほかの軽音楽部員も、ぞくぞく到着する。さいしょに来たのは、一年生さんにん組。
もちろん、みき以外のだれも、大元みい子を知らないので、そのたびに自己紹介から。
「えっ⁉ O-Motって……」かうな、口を手で覆って、「みき先輩がよく聴いてる、あのアーティストさん⁉」
「あれ、そうなの?」
「ちょっとかうなちゃん。そういうの、いわなくていいから」
「なんだ、かわいいところあるじゃないの、ねぇ」
「ほら、すぐ図に乗る」
「図に乗るってなに⁉」
「いやぁ、ふたりとも」前田先生、にこやかに、「ずいぶん仲がいいんだね」
「え、なに、嫉妬?」と、みい子。
「嫉妬ですか?」みきもいう。
「図に乗るな」
教師とはおもえない発言だった。
集合時間の五分まえ、しおとゆかもくる。これで、全員そろった。
「え⁉ O-Motって……」と、しお。「みきがよく聴いてる、あのアーティスト⁉」
「そのくだり、もうやった」
「やっぱり?」
というか、しお、大元みい子の名前は知っているはずだ。
で、時間がきたので移動する。一年生は前田先生、二年生はみい子の運転する車に乗りこむ。
「大元さん、運転できたんですね」と、みき、助手席に座って。
「うん。一年くらい、営業やってたからね」
「大元さんも、会場で演奏、聴くの~?」
「わたし、部外者だからね。コーヒーでも飲みながら待機してるよ」
エンジンがかかる。前田先生の軽自動車が先に駐車場をでて、それについていく。
道すがら、
「緊張してる、みきちゃん?」
「してたはずなんですけど」みき、はにかみながら、「なぜか吹き飛んじゃいました」
「そっか。ならよかった」
会場まで、三十分の道のりである。
【大元みい子 シンガーソングライター】
いま話題のシンガーソングライター。
あっけらかんとした性格の女性。
学生時代は成績優秀だった。クラシックよりロックがしたかったため、テストで点数をとることで、バンド活動を堅物な親に認めさせていた。




