99 ゆかおねえちゃん
「もうすぐ七月もおわりですね!」
と、かうな、扇風機にあたりながら。
「だんだん本番も近くなってきました……っ!」
休憩時間なのに、ずいぶん元気だ。みき、水筒に手を伸ばしながら、
「なんだか、待ちきれないってかんじだね」
「はい! もういますぐだっていいくらいです!」
「い、いますぐは困るかも……」ねね、苦笑して、「というか、うちはもう、あと一か月先でも……」
「両極端だね」
お茶を飲みつつ、みき、微笑む。ふたりとも、いつもどおりではある。
「でも、牛ちゃん、文化祭のときはすっごく緊張してたよね」
「うっ……そうだけど……!」
「緊張するのはしかたないよぉ」と、ゆか。「わたしはもう、心臓がはりさけそうですぅ」
「はえーよ」
「しおちゃんも、はりさけそうです……」
「うっせ。おまえがいちばん緊張しねえんだから」
「まーな」
「緊張しないのって、うらやましいです」ねね、身をのりだして、「なにかヒケツとかあるんですか?」
「え、うーん」
しお、腕を組み、
「人事を尽くして天命を待つ。これです」と、人差し指を立てる。「つまり、やることやったしまーなんとかなるっしょ、の精神」
「すぐそんなマインドになれたら、だれも苦労しねえよ」
「たしかに」
しお、また腕を組む。
「じゃ、ぎゃくに、消す。緊張という概念を」
「どうやって?」
「そりゃもう……」
しお、ポケットから五円玉を取り出して、てきとうな紐にくくりつける。
で、ねねのまえで、硬貨をゆらゆら。
「あなたはだんだん、緊張しなくなる……」
「わ、え、あ……」ねね、困惑しつつ、「わー、き、緊張しなーい……」
「ほら」
「気を遣われてるだけだから、やさしい後輩に」
「だめかー」
いいつつ、しお、またも硬貨をゆらゆらさせる。
「あなたはだんだん、ねむくなる……」
「関係ねえ催眠」
「ね、ねむく……」ねね、目をきょろきょろ動かして、「あ、あの、目が回ってきました……」
「それ。それです。眠くなってます」
「目が回ってるだけ」
「信じて。おまえはねむい。いまとてつもなくねむい」
「ねむい……うちはねむい……」
「そうだ。あとは気合いだ。気合いで寝ろ!」
「き、気合いで……!」
「根性論で催眠するな」
「だめかー」
いけると思ったんだけどなー、と、しお。みき、呆れて、ため息をつく。
「でも、催眠術って、実在するんですかねっ?」
かうな、扇風機を背に、首を傾げる。
「本物はあるんじゃない?」と、シー。「かかりやすいひととかも、いるらしいし」
「しおとか、かかりやすそうだよねぇ」
「え、あたし?」
「ふむ」
みき、五円玉を受け取って、
「なにがいい?」
「いもうとにしよう~」と、ゆか、突拍子もない。
「じゃ、おまえはだんだん、ゆかのいもうとになる」
「おー……」しお、目が回ってくる。「お、あ、え? ゆか……ゆかおねえちゃん……」
「わ~! かわいい~!」
「うそだろ……」
「うそです……」
うそだった。
【鳥羽ひかり 手芸部顧問】
手芸部の顧問をしている。
まじめで人あたりのよい性格。
学生時代は絵に描いたような優等生で、高校では生徒会の副会長を経験したこともある。後輩から人気のある生徒だった。




