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朝を歩け。  作者: 維酉
3rd Single【夏への扉】
103/176

98 シフト

 喫茶店〈テト〉。郊外にたたずむ落ち着いた雰囲気の店だ。


 足を運ぶのはもう何度目だろう、と、大元みい子はなにげなく思う。


 O-Motという名義でそれなりに忙しくなっても、通う頻度は落ちなかった。むしろ、増えたかもしれない。


 作業がいきづまったときに、ふらっと立ち寄り、コーヒーとサンドウィッチをたべる。ふしぎとリラックスできて、アイデアも浮かぶ。


 気分転換にはもってこいの場所だ。いまではすっかり常連で、マスターとも顔見知りになった。


 七月の下旬。午後五時をすぎても、まだ陽は高い。


 みい子、喫茶店〈テト〉の扉をあける。からん、と軽やかなドアベルが鳴り、マスターの気安い歓迎の声がする。


 いつもの席に座り、パソコンを開いていると、ウェイトレスさんが水とおしぼりを運んでくる。


「ご注文はおきまりですか?」

「えーっと、ブレンドコーヒーと、たまごサンドで」

「かしこまりました」

「……」


 なんだか、聞いたことのある声だった、気がする。


 いぶかしんで、カウンターのほうに去ろうとするウェイトレスさんを、目で追う。


「……え」おもわず立ち上がる。「ちょ、ちょっと待って⁉」

「はい」


 ふりかえったのは、エプロン姿の夏井みき。友人の教え子で、みい子とも面識がある、高校生。


「え、きみ、なんでここのエプロン着てるの⁉」

「お客様……」みき、営業スマイルで、「店内では、お静かにおねがいします」

「えぇ……」


 正論だった。


 みい子、しぶしぶ座りなおし、そういえばパソコンを立ち上げていたんだった。混乱しつつ、とりあえずは作業環境をととのえる。


 やがて、お盆にコーヒーとサンドウィッチを載せ、みきがやってくる。


「ご注文は以上でおそろいですか?」

「えぇ、あぁ……」みい子、まだ戸惑って、「うん、はい。おそろいです……」

「では、ごゆっくり――ふふっ」


 みき、ついつい吹き出してしまう。


 みい子、ぱっと顔をあげて、


「え、やっぱりみきちゃんだよね⁉」

「はい。おひさしぶりです」


 営業スマイルでない、いつもの軽やかな笑みを浮かべて、みき、肯く。


 緑地のエプロンを着て、すっかり〈テト〉のウェイトレスだ。


「なに? ここでバイトはじめたの?」

「先週くらいから……ちょうど求人を見かけたので。ほら、夏休みですし」

「へぇ」みい子、肯いて、「え、でも、きみ、コンクールとか出るんじゃなかった?」

「そうなんですけど、練習漬けだと、どうにも身が入らなくて」

「あぁ、気もちはわかるかも……」


 とはいえ、なにも働かなくたっていいだろうに。みい子、思いつつ、


「ていうか」と、コーヒーに口をつけて、「平川高校って、バイト禁止じゃない?」

「そうですよ」みき、悪びれもせず、「でも、ここ、学校からは遠いですし。大元さんも、前田先生にチクるなんてこと、しませんよね?」

「しないよ。口がすべることはあるかもしれないけど」

「あー……ま、そうなったら、うらみます」

「ひえー」


 で、会釈して立ち去るみきに、がんばってね、と声をかける。やわらかく微笑んでくれる。


 みい子、しばらく作業。そのあいだも、みき、甲斐甲斐しく働いている。仕事もすっかり覚えているみたいだし――まえから思っていたけど、器用な子だ。


 退店時、レジを打つみきに、


「きみ、つぎのシフトはいつなの?」と、訊く。

「え、お客様……」みき、すこし身を下げて、「困ります、そういうのは……」

「引かないでよ⁉ てかそういうのってなに⁉」


 なんだかんだ、シフトは教えてくれた。



【前田あおば 軽音楽部顧問】


 軽音楽部の顧問。

 いろいろルーズな先生。


 学生時代は素行がわるかったが、受験を機に猛勉強した。バンド仲間に勉強を見てもらい、なんとか大学合格、いまに至る。

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