98 シフト
喫茶店〈テト〉。郊外にたたずむ落ち着いた雰囲気の店だ。
足を運ぶのはもう何度目だろう、と、大元みい子はなにげなく思う。
O-Motという名義でそれなりに忙しくなっても、通う頻度は落ちなかった。むしろ、増えたかもしれない。
作業がいきづまったときに、ふらっと立ち寄り、コーヒーとサンドウィッチをたべる。ふしぎとリラックスできて、アイデアも浮かぶ。
気分転換にはもってこいの場所だ。いまではすっかり常連で、マスターとも顔見知りになった。
七月の下旬。午後五時をすぎても、まだ陽は高い。
みい子、喫茶店〈テト〉の扉をあける。からん、と軽やかなドアベルが鳴り、マスターの気安い歓迎の声がする。
いつもの席に座り、パソコンを開いていると、ウェイトレスさんが水とおしぼりを運んでくる。
「ご注文はおきまりですか?」
「えーっと、ブレンドコーヒーと、たまごサンドで」
「かしこまりました」
「……」
なんだか、聞いたことのある声だった、気がする。
いぶかしんで、カウンターのほうに去ろうとするウェイトレスさんを、目で追う。
「……え」おもわず立ち上がる。「ちょ、ちょっと待って⁉」
「はい」
ふりかえったのは、エプロン姿の夏井みき。友人の教え子で、みい子とも面識がある、高校生。
「え、きみ、なんでここのエプロン着てるの⁉」
「お客様……」みき、営業スマイルで、「店内では、お静かにおねがいします」
「えぇ……」
正論だった。
みい子、しぶしぶ座りなおし、そういえばパソコンを立ち上げていたんだった。混乱しつつ、とりあえずは作業環境をととのえる。
やがて、お盆にコーヒーとサンドウィッチを載せ、みきがやってくる。
「ご注文は以上でおそろいですか?」
「えぇ、あぁ……」みい子、まだ戸惑って、「うん、はい。おそろいです……」
「では、ごゆっくり――ふふっ」
みき、ついつい吹き出してしまう。
みい子、ぱっと顔をあげて、
「え、やっぱりみきちゃんだよね⁉」
「はい。おひさしぶりです」
営業スマイルでない、いつもの軽やかな笑みを浮かべて、みき、肯く。
緑地のエプロンを着て、すっかり〈テト〉のウェイトレスだ。
「なに? ここでバイトはじめたの?」
「先週くらいから……ちょうど求人を見かけたので。ほら、夏休みですし」
「へぇ」みい子、肯いて、「え、でも、きみ、コンクールとか出るんじゃなかった?」
「そうなんですけど、練習漬けだと、どうにも身が入らなくて」
「あぁ、気もちはわかるかも……」
とはいえ、なにも働かなくたっていいだろうに。みい子、思いつつ、
「ていうか」と、コーヒーに口をつけて、「平川高校って、バイト禁止じゃない?」
「そうですよ」みき、悪びれもせず、「でも、ここ、学校からは遠いですし。大元さんも、前田先生にチクるなんてこと、しませんよね?」
「しないよ。口がすべることはあるかもしれないけど」
「あー……ま、そうなったら、うらみます」
「ひえー」
で、会釈して立ち去るみきに、がんばってね、と声をかける。やわらかく微笑んでくれる。
みい子、しばらく作業。そのあいだも、みき、甲斐甲斐しく働いている。仕事もすっかり覚えているみたいだし――まえから思っていたけど、器用な子だ。
退店時、レジを打つみきに、
「きみ、つぎのシフトはいつなの?」と、訊く。
「え、お客様……」みき、すこし身を下げて、「困ります、そういうのは……」
「引かないでよ⁉ てかそういうのってなに⁉」
なんだかんだ、シフトは教えてくれた。
【前田あおば 軽音楽部顧問】
軽音楽部の顧問。
いろいろルーズな先生。
学生時代は素行がわるかったが、受験を機に猛勉強した。バンド仲間に勉強を見てもらい、なんとか大学合格、いまに至る。




