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愛に飢えた魔王と独占欲の強い妃   作者: 時計塔の爺
第1章
12/14

ひびの入ったビー玉

 

 俺がこの世界に飛ばされて数時間ほどたった。

 はじめは懐かしさに浸っていた。

 鼻歌を歌いながらスコップを動かす母さんを見ていて、本当に昔に戻ったかのように錯覚してしまった。

 このままその心地いいい錯覚に騙され続けることができたらどんなによかっただろうか。

 この偽りの世界に母さんの幻影と過ごすのもいいとすら思えた。

 しかし幻影はしょせん幻影だ。

 いくらものに触れることができても母さんは俺を認識できない。

 その視線には俺の姿は入っておらず、この声も母さんの耳に届くことはない。


「...これじゃあ、あの時と一緒じゃないか。」


 あの白い部屋で過ごした時間と同じだった。

 父親の代わりとして母さんの顔色を窺っていたあの時と同じだ。


 ふとポケットにしまったビー玉を取り出して色を見ると、先ほどよりも黒くくすんでいる。


「さぁてと。今日はこの辺にしてお夕飯でも作ろうかしらね。」


 いつのまにか太陽が西の空に沈みかけ、地面に映る母さんの影が直線を描いていた。

 母さんはガーデニング用具を手にもつと、同じ体制をしていてこり固まった体をほぐすために立ち上がり、大きく伸びをした。

 その後用具をもとの場所に戻しまた家に入っていく。

 俺も後に続くように玄関から久しぶりの実家に入る。



 ◇◆◇◆



 家のなかは当たり前だが綺麗に掃除してあった。

 どこを見ても母さんが暴れて壊したものは見当たらない。

 きちんと掃除された床、整頓された家具も今見ると懐かしさを覚える。



 ・・・ポチ ザー ・・・ザー



 部屋の中を物色していると身なりを整えた母さんが、台所に置いてある携帯ラジオのスイッチを押した。

 ラジオからは今日あった出来事を読み上げるナビゲーターの落ち着いた声が流れた。

 俺は椅子に座ってビー玉を手の中で遊ばせながらラジオを聞いた。

 視聴者からのお便りを読み上げたり、社会問題を偉い先生と話し合ったり、聞いててさほど興味をそそられるものでもないコーナーだ。


 だが、問題はそのあとに流れてきたニュース番組の冒頭だった。



 ・・・えー 7月7日、火曜日、午後6時30分のニュースをお送りします。



 ガタン!!!


 思わず椅子を倒してしまった。

 驚いて振り返る母さんを気にすることもなく、俺はその場で固まった。


「...7月7日、火曜日だと? まさか、まさか...まさか!」


 急いでリビングに置いてある新聞を確認する。

 ここにきてようやくあのショタがこの世界に俺を飛ばした理由がわかった。

 俺は新聞を乱暴にテーブルに置くと、いそいで家を飛び出し駅へと向かった。



 ◇◆◇◆



 家から駅まで歩いて30分ほどの距離しか離れていない。

 だが俺の足を速めれば早めるほど太陽が沈み、月が昇る。

 人の動きも目でとらえることができないほど早く動いている。

 菊池楼の目には周りの風景が早送りされたように見えた。


 何とか駅までたどり着いた時には駅の時計が午後8時半を指していた。

 息を整え、改札口が見える場所で待っていると、黒いスーツに身を包んだサラリーマンが出てきた。



 ピシ・・・!!!



 その男を見た瞬間、ビー玉が音を立ててひびが入った。

 その男の名は『澤部 龍一郎』菊池楼の父親である。



 2015年7月7日、この日龍一郎は自宅に帰る途中通り魔に襲われて命を落とした。

次回「葛藤と崩壊」

更新予定日 2022年1月16日

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