女神「チートも金も百合ハーレムもいらない? じゃあ全部で」
「おかしいでしょ!?」
私は叫んだ。
女神が不思議そうに首をかしげる。
「『じゃあ全部で』っておかしいでしょ!? 金の斧かっ!」
「そうは言っても、何も持たせないわけには……」
女神は困ったように眉尻を下げた。
朝、学校へ行こうと玄関を出た直後、何も無い白い空間に飛ばされた私の目の前に現れた女神。
「あなたは選ばれし勇者です。異世界に行って魔王を倒してください」
「嫌です」
「……チートと金と百合ハーレムどっちにします?」
この女神、聞こえないフリをしたぞ。
また「嫌です」と答えると、「じゃあ全部で」と言われた。
そして冒頭の会話だ。
「そもそもなんでハーレムが百合前提なの!? あんたの個人的な趣味でしょ!?」
「そうですが?」
「職権乱用!」
「むしろ他のを選んでも百合ハーレムは付けるつもりでしたが?」
「まったく悪びれる様子がない!」
「じゃあ転送しますね」
両手をポンとたたくと、話は済んだとばかりに笑顔を見せる女神。
「行きたくない! 他の人にして!」
「すみません、勇者になれるのはあなただけなんです~」
また女神に抗議しようとしたその時。
視界がグニャリとゆがんだ。
次に視界に映ったのは広がる森と青空だった。
森で大の字になって寝ていた私は、青空を眺めてしばし現実逃避をしていたが、焦げたような臭いがしてきて、起き上がった。
山火事ではないかと森を見渡せる場所から確認すると、砦らしき建物から煙が出ているのが見えた。
早く森を抜けた方がいいかと考えていたら、女性の悲鳴が森に響き渡った。
とっさに悲鳴がした方向へ走る。
「グヘヘッ」
「くっ……殺せ」
ボロボロの鎧を着た女騎士がオークに追い詰められていた。
私はそばにあった硬そうな木の棒を拾うと、女騎士を組み敷こうとするオークの背後に近付く。
オークは人間の倍の大きさだ。
女神にチートをもらってなかったら、絶対に立ち向かったりしないだろう。
……確認してないけど本当にチート持ってるよね?
急に不安になるが、事態は一刻を争う。
迷っていたら女騎士は薄い本みたいになる。
私は木の棒が届く間合いに入ると、木の棒を振り下ろした。
結論から言うと、オークは死んだ。
死んだというか殴ったらオークが消えて宝石がコロリと地面に落ちた。
モンスターは生物じゃないのかな? とか考えていたら、女騎士と目が合った。
「あなたは……?」
「あー……その、実は森で迷子になってしまって」
私は高校のブレザーを脱ぐと、女騎士の肩にかけてあげる。
目が合うと、女騎士はほおを赤らめて目をそらした。
「あの砦から逃げてきたんですか?」
女騎士は砦のある方角に目を向けると、暗い顔でうなずいた。
砦を占拠していたオークはバターみたいに手応えがなかった。
チートすごい。
オークを倒したら砦の一室に拘束されていた騎士たちを解放する。
騎士は女性の比率が高く、女騎士さんと同じ部隊らしい。
喜びに沸く騎士たちにもみくちゃにされ、国を挙げてお礼がしたいから砦に滞在してほしいと言われた。
大ごとにしたくないので私の事は秘密にしてほしいことと、旅の途中なので滞在はできないと答える。
すると何人かの女騎士が旅に付いていくと名乗りを上げた。
困っていると、最初に出会った女騎士が周りの騎士を押しのける。
「代表して私が彼女に付いていこう」
「お姉さまずるいです!」
「ふん、この中で女子力が一番高いのは私だからな」
女子力は他の人の方が高そうだけど……。
砦に一晩泊まってから旅に出る。
もちろん女騎士もいっしょだ。
拒否権は無かった。
「我が主よ、あなたの命はこの女騎士が必ず守ってみせます!」
新品の装備に身を包み、勇ましさが増した女騎士が言う。
「私、女騎士の主になるなんて言ってないし、国への忠誠はいいの」
「魔王軍との戦争中で給料安かったし、勇者である主を守る方が大切です!」
女騎士はキラキラした目で答えた。
ああ、女騎士に女神の話をするんじゃなかった……。
つらい道のりになると脅かしたつもりだったが、かえって火を着けてしまったようだ。
街道を進んでいると、道に布切れが落ちていた。
そばまで来ると布切れからうなり声が。
布切れはボロボロのマントを被った少女で、うなり声は腹の音だった。
かわいそうになって昼食のサンドイッチをあげると、少女はあっという間にたいらげてしまう。
水も飲み干すと、顔を上げて私を見た少女がうっとりとほほ笑んだ。
「…………すき」
大丈夫? チョロ過ぎない?
「きみ、旅してるの? 連れてって。ごはんちょうだい」
「私、魔王退治の旅をしてるんだけど?」
「ダイジョーブ。わたし強い」
女騎士がこっそり耳打ちする。
「彼女はエルフです、旅の助けになるかと」
ボロボロのフードからチラリと長い耳が見えた。
女騎士の助言に従いエルフを仲間にすると、旅を再開する。
街道の途中でオークに遭遇したが、女騎士が剣で、エルフが魔法であっという間に倒してしまう。
本当に強いみたいだ。
私は一瞬で消し炭になって消えたオークの来世の幸福を祈った。
「我が主、見ましたか私の女子力を!」
「女子力ならわたしの方が強い」
女子力ってそういうのじゃない……。
大きな街の前まで来ると、女騎士が聞いてきた。
「我が主、手持ちはありますか? 無ければ私が立て替えますが」
「これでどうにかなる?」
私はポケットに入っていたカードを取り出した。
クレジットカードによく似た薄い板は不思議な色をしていて、女神が私に持たせた物だと思われる。
「そっ、そのカードはあああぁぁ!?」
カードを見た女騎士がカエルみたいにひっくり返った。
街の大きな商店で装備を整える。
私はよくわからないので、二人に任せていた。
「――オイ何やってる、商品に傷が付くだろっ!」
「――す、すみません店長!」
店内に響いた怒声に目を向けると、商品が入っているらしい箱を持った少女が店長らしい男に頭を下げていた。
店長が怒鳴る度に少女の犬耳としっぽが震えていた。
「女騎士、あの犬耳の子は奴隷なの?」
少女の首に金属製の首輪を見付けた私が聞く。
「あれは奴隷じゃありません、シャチクという種族です」
「シャチク?」
「はい。契約の元に働くことを至上の喜びとしている種族で、首輪は契約の証です」
「――もういい、仕事に戻れ!」
「――はい、よろこんで!」
女騎士が、ほらね? という顔をした。
「じゃあもし、雇い主が働かなくていいって言ったらどうなるの?」
「何をすればいいかわからず、廃人同様になると言われています」
私は店長に近付くと、肩をたたく。
「なんでしょうか、お客さま」
店長は怖い顔から営業スマイルに切り替える。
「そこのシャチクを買いたいんだけど」
「お客さま、このシャチクは当店の所有でして、銅の剣より高価なんですよ」
笑顔の店長が子供に言い聞かせるように言う。
「これで足りる?」
ポケットから例のカードを出して店長の目の前にかざす。
「ゲエェッ!? そっそれはあああぁぁ!?」
カードを見た店長がカエルみたいにひっくり返ると、ガタガタ震えだした。
「女神が勇者に授け、望めば国さえ買えるという【女神カード】!?」
「それで、買えるの?」
「も、もちろんでございます! ささ、ドウゾドウゾ!」
店長はシャチクを私に押しやると、カードを金属の箱に当ててお会計をした。
買い物が終わると、出口で店長と従業員全員に見送られて店を後にする。
このカードはもう出さないでおこう。
クセになったら困る。
宿に着くまでの間、シャチクに話を聞くと、シャチクたちの雇用状況が悪くなったのは戦争になってかららしい。
戦争でどこも人手が足りず、一人の負担が大きくなっているそうだ。
なんとなく女神に言われるまま魔王退治の旅に出たが、シャチクたちの雇用改善のためにも戦わないといけない。
夜になると、ベッドに入った私たちを見た女騎士が部屋を出ていこうとする。
「女騎士どうしたの、何か用事?」
「私は部屋の前で寝ずの番をするので、主たちはお休みください」
「いやいや、ここ戦場じゃないから。女騎士も休みなよ」
「ですが我が主、いつ魔王軍の手先が来るか……」
「ダイジョーブ。寝ててもすぐわかる」
眠そうな目をしたエルフが耳をぴくぴくさせる。
「ほらエルフもこう言ってるし。その鎧も脱いで寝なよ」
「せめて鎧は……」
「いいから脱ぎなって」
「いやいや……」
「だから……」
――三十分後。
「脱げ」
「くっ……!」(カチャカチャ)
泣きながら鎧を脱いだ女騎士が自分のベッドに入る。
今日、何か大切な物を失った気がする……。
旅の途中、炊事担当をしていたシャチクが自分も戦いたいと言ってきた。
話し合いの結果、旅は危険もあるし鍛えた方がいいとなり、女騎士が指導をすることになった。
才能があったらしいシャチクはどんどん技術を吸収し、それに気を良くした女騎士の指導に熱がこもった結果――。
「シャチク、前方にオーク十匹! ヤツらを無価値な石ころに変えてやれ!!」
「はい、よろこんで!」
シャチクは女騎士と前線で敵を屠るようになった。
私とエルフは、シャチクの鉄の爪がひらめいてはオークが細切れになるのを見る。
中ボスぐらいにならないと勇者と魔法職のエルフに出番は無い。
なので二人が戦っている間、エルフと食べられそうな野草を摘むことにした。
「ゆーしゃさま、この草、食べれますかね?」
「知らない草を食べたらダメだって。ペッしなさい、ペッ」
野草が集まると、戦闘を終えた女騎士とシャチクが帰ってきた。
「よくやったシャチク、家に帰って我が主をモフっていいぞ!」
「はい、よろこんで!」
オイ、勝手に主を褒美にするな。
魔王退治の旅が続き、仲間は気付けば百人になった。
仲間は王女からモンスターまで多彩な顔ぶれだ。
そしてその全員が片手でオークをひねり殺す一騎当千の実力だ。
だが――人数が増えたことでトラブルが起きた。
仲間たちは毎晩、誰が私に添い寝するかでケンカをするようになったのだ。
いや、あれはそんな生易しいものじゃなかった。
たまたまアレを目撃したオークが干上がるほど泣いていたし。
私はよく泣かなかったと思う。
仲間たちはその内疲れたのか、持ち回りで添い寝をするようになった。
小説のハーレムは絶対ウソだ。
こんな胃がやられる生活、絶対できない。
神さま、あれが本当にいいの? マジで?
いよいよ魔王城の前に来た。
すると、魔王城のてっぺんにするすると旗が上がる。
白旗だった。
「――ねえ、ひどくない? 勇者が集団で魔王タコ殴りにしようとか、わしがかわいそうと思わんの?」
半泣きの魔王(幼女)が玉座の後ろから恨めし気な視線を送る。
「すみません……」
「謝罪はいいから帰ってくれん? わし、こっちに向かうお主らの残虐ファイトを見て、もう少しでチビるところだったんじゃぞ?」
「帰るんで戦争をやめる旨を書類に書いてもらえます?」
「――――ほれ、これでいいか」
「ありがとうございます」
「ふん。……まあ、遊びに来たかったらまた来てもいいぞ(チラッチラッ」
ツンデレの魔王に別れを告げ、魔王と戦争をしていた国に報告に行くと、私の功績を称えるパーティーが夜通し続いた。
その夜。私は独り、ひっそりと国を後にする。
仲間は置いてきた。これからの旅には付いてこれそうもないからな(キリッ)
しかし、その時の私は知らなかった。
神々を巻き込んだ【勇者のお嫁さん天下一決定戦】の、これが序章に過ぎなかったことを……――。
テンプレをテーマに書き始めたが途中でわからなくなった。