わたし……貴方に……会ったことがある?
「その手には引っかからない! 動くなと言って――ぐっ」
金髪が警告したが、俺は無視して彼女に飛びかかり、わざと蹴りを入れて、後続の仲間ごと、下の踊り場までお引き取り願った。
この際、多少の痛みは我慢してもらう。
みんな固まっていたので蹴り落としは予想以上に上手くいったが、最後の瞬間に金髪さんが本当にぶっ放し、光の閃光を放つ弾丸に頭を貫かれかけたっ。
「危ないな、くそっ――て、おおっと」
それは掠らせた程度で済ませたが、案の定、上から迫っていた本命の敵が躍り込んできて、俺に掌を向けた。
「仲間思いの君、さようなら」
その瞬間、周囲が陽炎のように揺らぎ、衝撃波が俺を襲った。
多分、十メートルほど吹っ飛ばされた挙げ句、天井に思いっきり身体がぶち当たり、次に反動で廊下に叩きつけられ、ボールみたいに二バウンドほどした。
お陰で、ようやく止まったが。
「丈さまっ」
いつ来たのか、背後から由美が走ってきて、助け起こしてくれた。
「ああ、大丈夫だ。おー、いてー。普通なら死んでたな、今の」
「よくもっ」
由美が飛びかかろうとしたが、俺が止めた。
「まあまあ、俺が最初に唾つけたんだから、最後まで俺にやらせてくれ」
「……は、はいっ」
渋々、由美が引き下がる。
「おまえ……どうして、平気で立ち上がれる?」
女の子を乗っ取ったらしい、ボーダーが目を見開いていた。
「今の衝撃を受けて、無事に済むはずがない。普通は即死のはずだし、仮に命が助かっても、最低でも十数カ所は骨折したはずだ」
「まあ、そうかもな。だけどほら、俺、本来は人間じゃないし、そもそも今のはわざと受けてみただけだし」
まだ金髪さんが上がってこないのを良いことに、俺は正直に教えてやった。
「別におまえが弱すぎるとか、そんなんじゃないさ。俺と当たって、運が悪かっただけだ」
「ならば、今度は焼け死ぬがいいっ」
俺がそいつに向かって歩き出した途端、今度は「バンッ」と派手な音がして、オレンジ色の業火がまともに俺にぶつかった。
たちまち私服が燃え広がったが、あいにく俺の再生能力を越えるほどの攻撃ではなく、多少、「暑いなぁ」と思う程度である。
「単純な火炎の能力? いわゆるファイアスターターってヤツ? あんまりぱっとしないね」
でも放っておくと服が全部焼けて裸になってしまう。
それも面白くないので、逆に冷気を放射して炎は消し止めた……服は手遅れだったが。
「で、もう終わりかな?」
そこでちょうど敵の間合いに入ったので、俺は無造作に手を伸ばして彼女の喉元を片手で掴み、軽々と持ち上げ、廊下の壁にどっかーんとぶつけてやった。
「――っ! ぐはっ」
一応まだ生きてるが、口から血を吐いたな。
「今ので死なないってことは、おまえが乗っ取った身体は強化されてるわけか」
その間もぐいぐい力を入れ、そいつの肉体を壁にめり込ませていく。
「当然……だ! わたしをナメるなっ」
軋むような声と共に俺の手首の辺りを両手で掴んだが、あいにく、そんな簡単に外せるわけない。俺よりパワーがあるヤツって、今までお目に掛かったことないしな。
「おいおいおい、もう少し気合い入れて力を出せよ? 普段、メシ食ってるか? そんなんじゃ、いつまで経っても外れないよ」
至近距離から、嘲笑してやった。
「は、はなせっ」
どうあっても外せないので、むちゃくちゃに暴れ始めたが、多少の蹴りが入ったくらいじゃ、俺はなんともない。
余ったもう一方の手で、彼女の頭にそっと触り、敵の位置を補足した。
「ここかな? ああ、本当だ。感じる……深く食い込んでるなあ……どうにもならないのは、マジらしい」
「ぁああああああっ! ばなせぇええ」
「ばなせじゃなくて、はなせだろ?」
俺は相手の悲鳴を無視して特定の位置へ念を送り、宿主のボーダーを潰してやった。
途端に、スイッチを切ったように女の子の身体がぐんにゃりと脱力する。
「……う、嘘でしょ」
震え声がしたので振り向くと、ちょうど、再び踊り場から上がってきた金髪さんとその部下達が、固まって蒼白な顔で死体を見ていた。
「あなたのパワーは一体……」
「はい?」
言われて始めて思い出したが、そういや、逆襲した時に力を入れすぎて、後ろの壁に罅が入っていた。
とはいえ、本人は乗っ取られた時点で亡くなってるだろうし、まあいいか。
今更ながらに、死体を廊下に寝かせてあげた。
「それは置いて。俺が蹴ったのはちゃんと意味があったって、わかってくれたよな?」
黒焦げ服のままで訊くと、金髪さんは気味悪そうに頷いた――が。
なぜか至近から俺の目を見て、大きく息を吸い込んだ。
「わたし……貴方に……会ったことがある?」