誰かが上から来るっ、背後を取られるぞ!
敵を探すにしても、二人で歩いてたら効率悪すぎる。
そこで俺は二箇所ある階段の一箇所を由美に任せ、残りは俺が上がっていくことにした。
エレベーターは止まっているようなので、まあ運が良ければどこかの段階で見つかるだろう。
なぜか廊下に落ちていたホウキをタクトのごとく振りつつ、俺は最近知ったアニソンを口ずさみながら、暗い階段を上がっていく。
近くに気配があれば気付くだろうから、別に問題はない。
歌ってる俺に気付いて向こうが奇襲してくるもよし、逆に向こうが逃げて、由美の手に落ちるもよしだ。
……ところで、なんでふいに暗くなったんだと思ったら、二階の窓側にもシャッターが下りていたという。
「マジか?」
手近なクラスを覗くと、なんとこちらも同様だった。
窓側にシャッターが下りている。
「念の入ったことで」
二階にはなんの気配もないので、俺はそのまま三階へ向かった。
休日なんだから、普通の生徒はさほどいないはずだが――。
「……う~ん、血の臭いがする」
案の定、途中の踊り場に、苦悶の表情を浮かべた女の子が倒れていた。
喉元から胸の辺りまでざっくりと斬り裂かれ、素肌が見えている。人間ならひとたまりもないだろうと思ったが、当然のようにもう事切れていた。
瞳孔開いてるしな。
「まだ息があったら、俺がなんとかできたかもだけど……悪いな」
せっかく美人さんなのに。
そのままだと可哀想なので、四肢が乱れていたのを直してやり、丁寧に寝かせてやる。ついでに、着ていたジャケットを上半身にかけて、肌が見えないようにしてやった。
魔王としての力が全て戻れば、死者すら呼び戻せると由美に聞いた気がするが、あいにく今はそこまでできない。
「せめて仇はとってやるからな」
最後に髪を直してあげてから、また探索を開始した。
三階の廊下に着いたところで、スマホが振動した。
「こちら、休日なのに働かされている、しがない丸腰ナイト!」
『やあ、すまないね』
落ち着いた藤原の声がした。
『なにか見つけたかい?』
「いや、まだ女の子の死体が一体だけ。それより、非常灯しか点いてないから、暗いぞっ。シャッター全部閉まってるし」
『緊急措置でね。絶対に逃がすわけにはいかない。侵入者が一体だけということは、敵はまだこの施設がどういうものなのか、正確には把握してないはずだからね。君の加速ギフトで、ぜひ倒してしまってくれ。君なら、ためらわないだろ?』
「必要とあらばためらわないけど、加速はなるべく使わない。あれ使うと、毎回頼るくせがつくからな」
俺は厳かに言ってやった。
本当は、ちょっと相手の力量を見たいからだが。
「そうだ、先に訊いておこう。相手は既に女子生徒の身体を乗っ取ってるんだよな? 被害者を助けることは可能なのか?」
『あいにく不可能だ。ボーダーは寄生生物で、体内に侵入した後、大脳に極小の生体端子を撃ち込んで完全に宿主を支配下に置き、そのまま居座る。接触されたら、もう助ける術はないよ……残念ながら』
「そうかー」
俺は息を吐き、そこで下の階から接近してくる気配に気付いた。
「ちょい待ってくれ。複数の気配が上がってくる。味方かな?」
『おそらく、掃討に来た他のナイトだろう』
言ってるそばから、金髪の女が見えた。
競泳水着みたいな独特の戦闘スーツを着こなした集団で、六名いる。なるほど、こりゃ確かにナイト――
「手を上げなさい!」
おそらく指揮官のナイトである金髪さんが、いきなりガツンと俺に叫んだ。おお、流暢な日本語プラス、エラく迫力があるぞ。
しかも、外人サイズのバストが目立つっ。
「一人でなにをしているのっ。学籍番号と氏名を言いなさい! それから、脳内スキャンが済むまで動かないことっ」
次の瞬間、ジャキジャキッと見たこともない銃を一斉に向けられた……六人分!
「学籍番号なんぞ、俺が知るかっ」
ホウキを投げ捨て、俺は堂々と申告した。
撃たれても大したことないとは思うが、一応、両手を上げておく。
「新入りが、覚えてるわけないし。だが、俺は敵じゃない。藤原主任教官のスカウトで、今やナイト扱いだ。そっち側だっつーの」
「簡単にナイトになんか選抜されるわけないでしょっ」
じわじわ階段を上り、三階まで上がってきた金髪さんは、エラそうに決めつける。
ちなみに、俺は相手が進んだ分だけ、廊下を後退した。
「なら、教官様から聞けよ。ちょうど今、電話してたところで――」
スマホを投げてやろうとしたが、そこで俺は新たな気配に気付いてしまった。
彼女達の背後にある階段……その上階に当たる四階から、何者かが下りてくる。それも、一人だけ。
多分、こいつが敵と見たっ。
「おい、そこをどけっ。誰かが上から来るっ、背後を取られるぞ!」