(主任教官曰く)弱者は去るべし
中坊の頃みたいに、先生ならぬ、教官の前に立たされるとは。
由美や仕送りの子も呼ばれているけど、まあ一番責められそうなのは、俺だろうな。
「学園長でもあるのなあ、あんた」
連行された先の学園長室で、俺は開口一番、そう言った。
途端に、一緒に呼ばれた仕送りの女の子が、ぎょっとしたように俺を見る。
……他の生徒の前ではまずいかと思い、真面目に言い直した。
「学園長でもあるんですねー、藤原サンは」
すると、木目が渋い机に着いた藤原は、軽く噴き出したな。
「いやいやいや……まさか到着して一時間ちょっとで乱闘騒ぎとはね。しかも相手は、部下五人持ちの、チームリーダーの一人ときた」
「説教の前に一つ」
俺は、室内に教官は藤原しかいないのをいいことに、口を挟んだ。
「俺と由美はしょうがないとして、彼女は無関係だよ。どっちに転んでも被害者側だし」
俯いていた彼女は、途端に意外そうに俺を横目で見た。
「う~ん……まあ、それはわかってるさ。美しさが罪、ってわけにもいかないしね」
藤原は頭の後ろで両手を組み、適当に椅子を倒してのんびりと俺を見た。
「しかしだ。君の喧嘩相手は今病室だが、怪我はないのに、なぜか当分は使い物にならない。さっきも言った通り、彼は実戦部隊を率いる主力の生徒でね」
「あんなのが主力って、ここの学校、大丈夫か? そのうちガンガン押し込まれて、人類滅亡するんじゃない?」
また仕送りの子が咎めるように見たので、俺はやむなく言い直した。
「その……大丈夫なのか憂慮する次第です?」
「大丈夫とは言えないだろうな」
面白そうに俺を見返す藤原である。
意見を求められているようなので、やむなく案を出してみた。
「俺がそいつの代わりになる、なんてどうです? 何が相手でも、それなりに戦うよ、多分?」
「つまり入学早々のペーペーの身で、部下五人付きのリーダー待遇にせよと?」
ニヤニヤ笑いを浮かべて藤原が尋ねた。
「俺はそれで特に不満ないですけど?」
堂々と頷いた後、思い出したので付け加えた。
「でも、あいつが両腕に抱えてた女の子達が部下のうちの二人なら、チェンジ希望……かな?」
「ふむ? それはまたなんで?」
化粧厚すぎなのと、やかましそうな性格が好みじゃない――というのは、言わない方がいいだろうな。
「リーダーやられて恨んでるかも、というのは置いて。どう見ても強そうに見えないし、大したギフトがあるようにも見えないから」
「ふむ、まあ本音の半分といったところかな?」
目を細めて俺を見た彼は、視線を動かして仕送りの子を見た。
「君は確か、一年生だったね?」
「はっ。先月入学した、ポーンの高梨沙由理です!」
びしっと敬礼する仕送りの子……高梨である。すらっと伸びた足が綺麗だ。
「ポーンって?」
意味不明だったので、俺はまた藤原を見た。
「ギフト部隊の関係者は、正式な階級とは別に、役割をチェスのコマで表しているのさ。ポーンはチームリーダーであるナイトやルークに従って戦う、一般兵士のことだね。とはいえ、ここじゃポーンでもかなり優秀なんだ。生徒のうち、半数くらいはまだ訓練中なのでね。実戦部隊の兵士であるポーンは、生徒の中では精鋭に入るってわけ」
「へぇええ」
俺は素直に感心したのに、ポーンの高梨に横目で睨まれちまった。
それと、ノックの音がして、スーツを着こなした美女が入ってきて、藤原に敬礼した。
多分、教官の一人なんだろうが、藤原は頷いたのみだ。
「よし、霧崎君。君の妙に余裕ありそうな態度と、喧嘩騒ぎで圧勝だったのを見込んで、ナイトの一人として認めようじゃないか。たった今から君は、新たなナイトだ。正式な階級については、後から決めよう」
「主任教官っ」
渋い顔で立っていた美女教官が、いきなり割り込んできた。
「本気ですか!」
「私はいつだって本気だとも」
「初日から喧嘩騒ぎを起こした生徒を――」
「どうも君は、わかってないな」
ふいに、藤原の声が真剣になった。
シャッターを下ろしたみたいに、にやけた表情が失せ、凄みが出る。
「規律を守るのは大事だが、ここで一番重要なのは、それ以前に敵を圧倒する実力があるか否かでね。その原則でいえば責められるべきは、怖じ気付いて病室で震えている元リーダーの方なのさ。戦士不適格な人間を、莫大な費用かけて養う余裕はないんだ。わかったかな?」
最後の「わかったかな?」が、妙にドスが利いていた。
最初から思ってたけど、こいつを甘く見るのは間違いだろうな。
「……は」
絶句した美人先生だが、悔しそうな顔のまま黙り込んでしまった。
後で俺に八つ当たりしないで欲しいが、どうかね。
「よし、話は決まった! さて、新任ナイトの霧崎君。慣例に従って、五名の部下を君に専属でつける。特に誰か希望があるなら、考慮するよ?」
その途端――いつものように無言を貫いていた由美が、キャラが変わったみたいに切ない表情を浮かべ、眉を下げて俺の腕を揺すり始めた。
「丈さま、丈さまっ」
「ははっ。い、嫌だなあ、桜坂さん。僕ら同じ学生だろ? 様付けはやめよう、うん」
周囲の視線が痛いんだって!
あと、目は口ほどにものを言うらしいが、由美の場合、全身で希望を表現しているので、言いたいことはわかりすぎるほどわかる。