魔王が未来を定める(一部終)
とはいえ、僅か十数名とはいえ、俺を信じて仕えようとする臣下達である。
冗談でもそんなことは口にせず、俺は何事もなかったように、続けた。
「よし、ならばまず、現状を整理しよう。俺の今の急務は、邪魔なボーダー達を殲滅することだ。そもそも日本でサンシャイン学園のスカウトに応じたのも、そこなら敵の情報が集まると思ったからだしな。さらに言えば、俺達の故郷でもある異世界の大陸にも、ボーダーの手は伸びている可能性がある。余計に放置できない」
俺は、由美が地下鉄の構内で拾った敵の落とし物の話をしてやった。
ざわつきはしなかったが、妹のフェリシーを含めた全員の目が厳しくなった。
まあ、地球のことなら所詮他人事目線で見られても、さすがにかつての故郷となると、そうはいかないだろう。
「まあしかし、当面はこの世界だ」
俺はきっぱりと言い放った。
魔界の方で異変があったとしても、そうそう簡単に殺られる連中じゃあるまい。
危ないのは、このひ弱な人間達が生きる、地球の方だろう。
「敵は小癪にもこのヨーロッパにまで手を伸ばしているし、どうもサンシャイン学園の教育係の見立てでは、世界規模で見ても、侵略されていない国の方が少ないくらいらしい。程度の差こそあれ、連中は手広くやっているようだ。――そこでっ」
俺は声を張り上げ、フェリシーに注目した。
「おまえが今回制作した魔法陣、もっと効果範囲を広げることは可能か?」
「結論から言えば、可能でございます」
フェリシーは力強く答えた。
「兄上がおられる以上、魔力の不足も解決しましたし。ただし、魔法儀式を伴うため、最低でも数ヶ月はかかります」
「ならば、早速取りかかってくれ。それと、フェリシーのそばにいたおまえ達」
俺はフェリシーの国に生まれていた、元の臣下達を見渡す。
記憶がまだ戻らないのは残念だが、ざっと見た限り、皆の恭しい態度は本物らしい。
「将来的に、フェリシーと共に、この地を魔界のごとく治める気はないか?」
提案した途端、全員目を見開いて俺を見たな。
「別に、いきなり元の世界のような国を作れとは言わない。ただ、自分達が異世界からやってきた魔族戦士で、いずれは魔王が来て、この地を新たな魔界とする……現に、この国を侵していたボーダー達は、魔族の手により駆逐された。そう、最初はそんな噂を国中に流す程度でいい。早急にやる必要はない。今は全てが実験の段階だからな」
それに、俺は俺で、ボーダー達を駆逐する仕事が残っている。
俺の力を国境線で防いだ奴がいたが、それは少なくとも、地下鉄で遭遇したオフィサー以上の敵がいることの印だ。
「ご命令、承知致しましたが、失礼ながら、兄上はいかが致します?」
フェリシーが眉根を寄せて問う。
「この地にフェリシーと共に君臨することはせず、ここを離れるおつもりでしょうか?」
「今は学園に戻る」
俺はなるべく優しく言い聞かせた。
「将来的には、この星は丸ごと頂くつもりでいるが、その手段を検討するにしても、ボーダー共を倒した後のことだ。だから可能ならおまえも俺に同行し、共に学園に来い。新たな魔法陣の制作も、そこでするといい。敵が撤退した今なら、この国を一時的に代理の者に任せることができるだろう? 入校に際しては、留学扱いでどうだ?」
フェリシーの力とボーダーを駆逐した魔法陣のことを話せば、おそらくあのすっとぼけた藤原も、承知するはずだ。
まあ、いずれは学園も敵になるかもしれないが、今は協力できる。
「そういうことであればっ」
フェリシーがいきなり勢い込んで破顔した。
「もちろん、可能でございますっ。では、このフェリシーも兄上に同行致します!」
「そうしてくれ。ちなみに、元の臣下達から何人か選んで、その者達も日本へ同行させてほしい。味方が増えて悪いことはないしな」
「ご命令、承りましたっ」
心から嬉しそうな顔で低頭し、初めて俺はこの自称妹を可愛いと思ったね。
まあ、由美やリーナは、少し不安そうにフェリシーを見ていたが。
妹のアレな部分は、俺がよく言い聞かせることで、なんとかなるだろう……多分。
「よし、なら当面の方針は以上だ。最終的な目標はこの地を我らのものとすることだが、その時期を早めるためにも、各自の健闘を期待する!」
『ははあっ』
全員が一斉に唱和して、頭を垂れた。
……俺は唇の端を吊り上げ、いつしか冷え切った笑みを浮かべていた。
まだ戦いの序盤に過ぎないが、少なくとも今この時をもって、ボーダーとこの星の運命は決まったのだ。




