我らの全能なる神、魔王陛下に栄光あれ!
「まずいな、限界かっ」
「も、申し訳ありません、兄上っ」
既に片膝をついていたフェリシーが、一層、頭を垂れた。
「制作したフェリシーの力不足でした!」
「いや、おまえの責任じゃない。むしろ、国内中をくまなくカバーするような能力を持つ魔法陣を創造できたのは、おまえの手柄だ」
魔力注入を中止した俺が慰めてやると、ちょうど戻って来た由美がすかさず報告した。
「丈さま! 健在な敵はごくわずかですが、そいつらは一目散に撤退していきます。どうやら国外へ逃げるようですが……追いますか?」
「その前に」
俺は忘れないうちに尋ねた。
「正気に戻った人間はいるか?」
「はっ」
由美は打てば響くように答えた。
「かなり大勢います。元の人間に戻ったようで、彼らは今、途方に暮れたようにうろうろしています」
「そうか……後で、国内向けにテレビ放送でも頼む……無論、魔王の存在は抜いて」
フェリシーに命じると、由美がまた尋ねた。
「それで、残りの敵は?」
「そいつらは、逃げてるわけだな?」
「はい。遁走かと思うほど、一目散に」
由美の返事を聞き、俺は決断した。
「ならいいや、そのまま放置しろ」
薄情かもしれないが、俺はその場で決断した。
「逃げる連中の数は少ないとはいえ、国中に分散している。魔法陣に障害が生じた今、そいつらを各個撃破していくのは、効率が悪い。いや、もちろん俺の力で出来なくもないが、今は放置する」
俺は極悪な笑みを広げて皆を見渡す。
「周囲の国は、今まで散々、この国の窮状を放置してきたんだしな。高みの見物をしゃれ込んでいた連中にも、この辺で少し汗をかいてもらおうじゃないか。俺は不公平が嫌いでね」
もちろん、己自身と可愛い臣下達を別としてだが。
由美もリーナも反対などせず、ただフェリシーのみが尋ねた。
「ご命令、しかと伺いました。それでは兄上……今一度謁見の間に戻り、我らに今後の方針をお示しくださいませ」
「方針? この国はおまえが新君主だろう?」
「それは、兄上――魔王陛下がご降臨されるまでのことでございます」
フェリシーはやけにきっぱりと述べた。
「我ら魔族は完全実力主義であり、さらに言えば、大陸史上最も強固かつ、揺るぎなき絶対君主制でございます。当然ながら、この国も今や、兄上のものとなります」
すらすら言ってのけた後、俺の困惑顔に気付いたのか、優しい微笑を浮かべて補足した。
「もちろん、兄上不在の時のため、フェリシーを兄上の代理として任命してくださる分には、否やはありませんわ」
「ああ、なるほど。そういうことか」
俺もようやく得心して、頷く。
正直に言えば、ほっとしていた。
このまま、わけわからん小国を押しつけられてしまうかと思って、げんなりしたからな。俺はかなりわがままだと自負しているが、幸か不幸か、過剰な領土欲は持ち合わせていないようだ。
「よし、ならば軍議としよう。一応、この国の救援任務は滞りなく済んだことだし」
俺は機嫌良く宣言した。
――その僅か十分後、俺達は最初に入った謁見の間に戻り、フェリシーの代わりに俺が玉座についていた。
玉座から一段下りて、フェリシーが控え、そして少し離れた床に、由美とリーナが片膝をついて恭しく控えている。
さらにその後ろには、フェリシーの臣下達のうち、俺達と同じく転生した魔族達十名ほどが、二列に並んで控えていた。
「いやぁ、数日前までただの学生だったのに、随分と境遇が変わったもんだ」
思わず苦笑したが、それでも俺は大勢を前に尻込みしたりはしなかった。
元々の出自のせいか、生来、誰を前にしても動揺したりはしないタチなのだ。最近はようやく自分が魔王だったと信じ始めているので、なおさら。
だから今も、玉座で高々と足を組みつつ皆を見下ろし、平然と声を張り上げることができた。
「この世界で最初のこととなるが、魔族の頂点に立つ者として、この軍議を仕切る。異議のある者は、今のうちに立ってくれ。今なら、殺さずに黙って退出させてやろう」
立ち上がる者は皆無で、逆に全員が一層頭を垂れて、声を合わせた。
『我らの全能なる神、魔王陛下に栄光あれ!』
「……お、おお」
うわぁ、こいつら狂信者じゃないだろうな。
自分で宣言しておいてなんだが、俺は内心で密かに思った。
考えてみりゃ、ほとんどは俺に再会するため「だけ」に殉死なんかしてるしな。
男女を問わず、七割くらい泣いてるし……記憶が戻ってないだけに、疎外感が半端ないぞ、しかし。




