生意気な奴めっ
「では、兄妹で魔力の注入を――」
「いや、できれば一人でやらせてくれ」
穏やかに、しかしきっぱりと俺は言ってのけた。
別にリーナがわくわく顔で見つめているからでは、断じてない。
そこら中を破壊する恐れがあって、あまりフルパワーを経験していないので、試したいというのが、本音だ。
「確かに、兄上ならお一人で、この巨大魔法陣を発動させることも可能かもしれません」
フェリシー自身が輝く瞳で言ってのけた。
「一応、作動範囲は魔法陣の能力とキャパシティを考えて、フルパワーを発揮すれば、このソラン全域をカバーできます」
「ということは、この一瞬で国内のボーダー達が殲滅され、しかも助けられる人間も助けられる……そういうことですか!」
リーナが嬉しそうに言ってのけたが、フェリシーはちらっとそちらを見て、素っ気なく頷いたのみだった。
ううむ、本当にちゃんと言っておかないとな。
今はさすがに間が悪いが。
「よし、ならやってみる。念を押して済まないが、まだ一般人が残っていた場合、そいつらが死ぬことはあるまいな?」
「大丈夫ですわ! 魔法陣は完全にボーダーのみを選別しますし、普通の人間には魔力自体が作用しません。問題は本当に、魔力を注入する前段階のみなのです」
「なら、試すとするか」
俺は特に緊張感もなく、魔法陣の中央へと歩を進め、立つ。
ここで破壊が起きるとは思わないが、一応、リーナ達には手を振って、魔法陣から離れているように合図した。
「さぁて。それじゃ、力試しといくか?」
呟いた直後、俺は全身に魔力を満たすべく、己の深奥から魔力を放出した。
真紅の色は、まさに俺の個人的な魔力オーラと一致するのだが、当然ながら、たちまち全身が真紅に染まり、業火がのたうつように、俺の身体を飾り立てる。
溢れ出した魔力は、そのまま素直に魔法陣に吸い込まれていった。
「ふむ……別にいきなり爆発したりとかは、ないようだな」
iPhoneの電池爆発などのニュースを記憶していた俺は、ほっとして頷いた。
「ならば、とことん食わせてやるかっ」
大声で叫ぶと同時に、俺は普段は抑制している力を全開にした。
すると、ヴゥゥゥゥゥゥンンという不気味な音がして、魔法陣が大きく明滅し、ぶわっとその光量を増した。
さすがの俺もまぶしさのあまり、一瞬、目を閉じたほどだ。
ただ、魔力の放出は止めていない。
「――っ! 発動しましたわ、兄上っ」
フェリシーの歓喜の叫び声がしたと同時に、魔法陣からさらに爆発的に光が洩れだし、広間全体を一瞬で覆い、次に壁を易々と透過して、外の世界へと広がっていった。
「おー、見える見えるっ。魔力ごと外へ広がったせいか、特になにもしなくても、外の状況が見えるぞっ」
俺は破顔して、周囲を見渡した。
城内から溢れ出し、王都を容易く突破し、俺の魔力を伴った真紅の光はソランの国内へ広がっていく。
魔力の広がりは加速度的にスピードを増し、この分では国内を覆い尽くすのに、時間はかかるまい。
「あー、本当だ。今なら見える。迫り来るボーダー達がバタバタ倒れていくな。この分じゃ、王都はもう平気だろう。リーナ、由美に帰還指令をっ」
「ははっ。ただちに!」
本当に嬉しそうなリーナの声がした。
ちなみに俺の方は、まだ余力がだいぶある気がする。なにせ、片手間にしゃべってるしな、今。
「フェリシー!」
「御前にっ」
フェリシーが遠くで片膝をついた。
「おまえの言う通りらしい。ちらほら、持ち耐えた奴がいるし、さらに魔力を注ぎ込んでいいか? どうせなら、オフィサー以上の階級の奴も、倒せないかやってみるが」
「そ、それはフェリシーも望むところですが、兄上のパワーに対し、そろそろ魔法陣の方が保たないかもしれません。国内のみの想定だったので、それ以上となると未知数です」
「そうか……魔法陣破壊するのも、まずいだろうしな。今後のためにも、加減するしかないか」
言いかけ、せっかくなので俺は両手を広げた。
「でもまあ、一度だけ……試しに国外までこの魔法陣の威力を届けられないか、やってみるっ」
反対されないうちに、俺はまた魔力を絞り出し、貪欲な魔法陣に注いでやった。
放出される魔力がどっと勢いを増し、たちまち四方に押し寄せる。
「よし、国境線を越え――」
言いかけた俺は、うっと喉を鳴らした。
「何かが――いや、何者かが、俺の攻撃を防いだっ。壁になって、国境線越えを阻止した奴がいる!」
生意気な奴めっ。
そう思った俺はさらに魔力の注入を試みたが……あいにく、そこで魔法陣に限界が来た。注入が過ぎたのか、部屋全体が振動を始め、あちこちに亀裂が入り始めたのだ。




