当然この星は、もう兄上のものでございます
状況の説明と言いつつ、なぜかフェリシー王女の臣下は全員が退出してしまい、俺とリーナだけが、彼女に続いて隣の広間とやらへ入った――が。
そこで見たものは本当にテーブルすらないただの広間であり、がらんとした空間だった。
ただし、カーテンすら真っ黒な室内には、床に巨大な魔法陣が描かれている。
「これは……なんらかの攻撃魔法を発動する魔法陣?」
リーナが呟いたが、おれはざっと真紅の魔法陣を見て、断じた。
「最終的にはそういう目的だろうが、その前に魔力をひたすら吸収するのが目的とみた」
「さすがです、お兄さまっ」
フェリシーが大仰に手を叩いた。
「そもそも、この小国を連中がとことん狙ってきたのは、ここの存在が洩れたからですわ」
「洩れた?」
俺は眉をひそめてフェリシーを見やる。
「おまえを裏切った臣下がいるってことか? もしそうなら、聞き捨てならないけど?」
場合によっては俺が排除するが? というつもりで、さらに尋ねる。
「いえっ、そういうわけではありません。フェリシーの臣下というか、全ては兄上の臣下ですが、誰が魔王陛下を裏切ったりしましょうか。余計な漏洩が起こったのは、亡き父上の親族達が、未だにこの国にしがみつき、国王の座を狙っていたからでございます。彼らを殺す可能性があるのは、実にこのフェリシーだけ故に、今までは手を出しかねていました。あえて自重するわたくしを甘く見たのか、彼らはついに、兄上の出迎え一つにも口を出すほどに傲慢になりましたが――とうとう王都から逃げ出したので、もう邪魔は入りますまい」
そうか! フェリーは成り立ての王様で、未だに王女と呼ばれる場合もあるほどだ。
ということは、「まだ俺の出る幕がっ」と思う輩は、そりゃいるだろう……親族多そうだしな、古い国の王族だと。
「なるほどなあ、それであの使えないパイロットとお笑い部下達かぁー。ようやく納得がいった」
「フェリシーの手配を無視して、叔父が勝手にやったことですが……正直、彼らは兄上の怒りを買い、きっと排除されるかと思っていました」
フェリシーが少なからず満足そうに微笑む。
「いやぁ、別に殺しちゃいないが、めんどくさいから途中で袂を分かった。今頃はロシアで給油でもしてんじゃないか? それより、おまえの敵はまだ国内に残ってるぞ」
俺は、ここへ来る直前に戦闘機の出迎えを受けたことと、そいつらが空港へ誘導しようとしたことを教えてやった。
途端に切れ長の目を細め、フェリシーが低い声で返す。
「ご無礼を……今は構っている暇がございませんが、この件が片付けば、フェリシー自身で手を下します」
「それがいい」
人間の倫理観には遠い俺は簡単に賛成し、ようやく魔法陣に向き直った。
「それで、俺を呼んだ理由を説明してくれるか?」
「はいっ」
呼ばれた理由がずっと気になっていたのだが、途中からフェリシーの正体が俺の妹だとわかったので、どうせボーダー達の殲滅のためだろうと思っていた――が。
目的は確かに似ているが、フェリシーの説明では、微妙に違う点もあった。
「この魔法陣はフェリシーが思い出した当時の魔道術によるもので、もちろんその第一目的は殲滅ですが、他に大きな特徴がございます。敵の上級戦士であるオフィサー以上はともかく、人間を乗っ取って間がないボーダーなら、脳内の敵を消滅したのみで、殺さずにおくことが可能なのです。……憑依されてから、二週間以内という制限はございますが」
俺とリーナは同時に感嘆の声を洩らし、思わず顔を見合わせた。
「制限があっても、そりゃ大したもんだ! 多分、ワクチンすら開発できなかった人間達は、もう救う方は諦めているからな」
「フェリシーも当初はそうしようと思いましたが……ここにいる以上、人間達もまた、このフェリシーのものであり、引いてはいつかは兄上の臣民になるべき者達です。故に、可能ならば後日を考えて生かしておこうと思いました。臣民たるにふさわしくないか拒むかする者は、時が来れば殺せばいいだけですし」
普通の人間が聞いたら飛び上がりそうなことを述べ、艶然と微笑む。
「魔法陣の改良に入ったのは一年前です。お陰で、結果的にボーダーに国を滅ぼされる遠因になったとはいえ、フェリシーは後悔していません。今や、兄上の転生が判明し、こうして再会できました。であれば、当然この星はもう兄上のものでございます。ならば、塵芥にすぎぬ人間とはいえ、兄上の臣民の端くれですし」
この星は、という言い方に少し感心したな。
この子はまさに、魔族のエリートらしい。俺が少し黙っていると、なにを勘違いしたのか、ちらっとフェリシーが俺を見た。
「……ですが、もし人間は全て滅ぼすのがご意志でしたら、もちろんフェリシーも、人間などはこの魔法陣ごと忘れます。その時は、我ら兄妹で忌まわしいボーダー共を駆逐致しましょう」
「いやいや、今のところ俺は、人間に大した感慨は持ってない。だが、殺すほどじゃないさ。多少は親しい奴もできたしな。おまえの方策でいこう」
黙ってると、本当に人類殲滅に走りそうなので、俺は慌てて首を振る。
「それで、俺はなにをすればいい?」
「この魔法陣を起動するのに、どうか兄上の魔力の介助を。敵を殺すことと、そしてまだ助けられる人間は助けること……この相反する魔法を実現するためには、膨大な魔力を必要とします。
情けない限りですが、フェリシーだけでは起動不可能なのです」
「なるほど、そりゃ確かに俺が適材だな」
俺は思わずニヤッと笑った。
「丁度いい。自分の魔力がどの程度のものか、ちょっと調べたかったんだ!」




