今の歯軋り、虫も殺さないような顔した、自称妹か?
「うおっ」
俺は意外な光景を目の当たりにして、入るなり立ち止まってしまった。
玉座があるので、おそらくは謁見の間のごとき場所だったと思うのだが――。
肝心の王女はそこには座していなくて、代わりに男女合わせて十名ほどが、王女を先頭に片膝をついている。
それどころか、俺達を案内してきた二人のメイドさんも、早足で集団の後ろの方にいき、同じく片膝をついてしまった。
ちょっと反応に困る態度で、俺達は三人で顔を見合わせた。
しかし、こっちの疑問については、王女その人が教えてくれた。
「お久しぶりです、お兄さま。このフェリシー、長い、長い間……ただひたすらお兄さまをお待ちしておりました」
「お、おお……」
俺が思わず胡乱な返事になったのには、理由がある。
今の言葉の大仰さが決して嘘じゃない証拠に、顔を伏せつつ、滂沱の涙を流しているのがわかるのである。
なにせ、ボタボタ大理石の床に落ちてる……涙の滴が。
「しかし……臣下達にもバラしてよかったのか?」
さすがに不審で、先に尋ねた。
「そのおまえと俺の関係とか、危ない部分を」
「そのご心配だけは無用です。ここに残っているのは、フェリシーを含めて、全員が御身の臣下でございます……前世より、ずっと」
「へぇえええ、じゃあ、日本よりたくさんいるかもな」
そこまで話した時、リーナが小声で耳打ちしてくれた。
「我が君、ひとまず皆さんに顔を上げるようにお命じください。あのお方の話が本当なら、お許しが出るまで、全員があのままでしょうから」
「おっとお」
俺はようやくそこに気付き、声をかけてやった。
たとえ記憶はなくとも、魔王の地位がどれほどのものかは、なんとなく想像できる。
「皆、顔を上げてくれ。というか、立ってくれ。そのままだと、どうも話しにくい」
「……もったいなき仰せ。しかし、ご命令とあらば」
あくまでも敬虔な態度を崩さず、自称妹のフェリシーが顔を上げ、ようやく立ち上がった。
しかし、この子、本当に妹か?
輝く長い銀髪はともかく、普通に碧眼だし、雪のような肌だし、ドレスは胸元深いし、全然同人種に見えん。
いや、最後は全然関係ないけど。
俺の前世は銀髪だったのか……?
悩んでいる間に、王女はてきぱきと周囲に命じていた。
「ライドとクロス、二人で王宮の守りに回りなさい。今少し、時間を稼ぐ必要がありますっ」
「はっ」
「ははっ」
若い男女がすぐさま駆け足になり、俺のそばを通る時に一礼して、謁見の間を出て行った。
「由美、悪いがおまえも独自に防備を頼む」
「はいっ」
由美のきりっとした美貌が、喜色に塗れた。
「承りました。当分寄りつかないよう、可能な限り大勢を殲滅してごらんにいれます」
「待って!」
意外にも、王女その人が待ったをかけた。
「殺すのは、なるべく控えて。理由は、今からお兄さまに説明するから」
由美は返事もせず、俺の顔を見た。
この子は俺と矛盾する命令は、徹底的に無視するのだ。
「そうだな……よし、由美。命令変更だ。始末せず、防御に徹してくれ」
「ご命令とあらば」
いつものように質問も意見もすることなく、由美が静かに頷く。珍しく申し訳なく思い、俺は由美の肩を抱いて引き寄せた。
「余計な苦労かける……いつもご苦労様」
「と、とんでもございません、丈さま」
由美が潤んだ瞳で俺を見た。
「丈さまのためなら、この程度の」
そこでなぜか、「ぎぎぎっ」と嫌な音がした。
そう、いわゆる歯軋りのような音が。由美は眉をひそめて王女の方をちらっと見やり――。
「全然変わってないわっ」とぼそりと述べ、後は俺に一礼して、同じく謁見の間を出て行った。
……ていうか、今の歯軋り、虫も殺さないような顔した、自称妹か?
俺が見やると、ささっと明後日の方を見て、その他大勢の臣下も、互いに困ったように顔を見合わせているが。
やっぱヤバい奴なのかね、この子?
空気を変えるように、リーナが「私も由美さんを手伝ってきましょうか、我が君?」と尋ねてくれたが。
俺はこれには首を振った。
「今は、俺のそばにいてくれ」
「は、はいっ」
いや……赤くなられても困るが。
「さて、では隣室の広間に移り、ぜひ状況のご説明をさせてくださいませ」
今の歯軋りなど忘れたように、フェリシー王女が艶然と微笑んだ。




