遠慮なんか、してる時じゃない
考えてみれば不思議だが、記憶こそ戻っていないが、なぜか俺は自分が飛べると確信していたし、しかも「本気で力を出せば、音速程度は越えるんじゃないか?」と密かに思っていた。
だからこそ、透過して機体から飛び出した直後、自分達の周囲に一種の防御シールドを張っていたわけだ。
そうしておいて、正解だった。
なぜなら、「よし、飛ぶだけなら何かを破壊することもないし、ここらで一つ、本気を出してみるか!」と決意して、フルパワーで飛び出したのだ。
それこそ、徐々に加速するとかそういう手間を抜いて、身も蓋もなく全力で天を目指した。
……明らかにやり過ぎた。
最初のコンマ数秒で、簡単に音速の壁を突破してズシンッと妙な音が(後から)したかと思うと、いきなり地上の景色が様変わりして、俺は慌てて慎重に減速した。由美はともかく、リーナにダメージがいくといけない。
さすがにこの程度は大丈夫とは思うが、それでも。
「うわぁ……地球が思いっきり球形だ」
まあ当たり前なのだが、急激に高度を取ったせいで視界が激変し、下に見えるのはもはや延々と続くタイガではない。
そのタイガは、今や切手よりややマシな面積に過ぎず、ユーラシア大陸そのものすら、周囲の景色の一部に過ぎない。
そりゃまあ、大陸といえども地球の一部だからな。
「ま、まあ……世界地図が真下にある感じで、わかりやすくて助かる。少なくとも方向はばっちりだ」
「シールドのお陰でここは安全ですが、外は極低温でしょうね」
リーナがなぜかうっとりと言う。
そこでようやく俺は、彼女のくびれたウエストを思いっきり抱き寄せていることに気付いたが……安全の面からも、慌てて離すことはしなかった。
逆に、由美は別に俺が抱いてなくても平気なはずだが、なぜかリーナと同じく、自分も俺を抱き締め返してくれている。
まあ、嫌がられてないなら、それでいいか。
二人して問いかけるように見上げたので、俺は明るく言い訳した。
「や。ちょっと力の加減がわからなくてな。男なら飛ばそうぜ、みたいな」
前の学校で聞いた寒いギャグを口にしたせいか、由美とリーナは揃って小首を傾げた。
「我が君、それはなにか特別な意味がありますか?」
「丈さま、少女ではなく、特に男が飛ばす意味はなんでしょう?」
……二人一緒に訊くなよ。
「まあ、男は飛ぶ時も気合い入れろとか、そういう意味だ。どうでもいいから、忘れろ」
俺は適当に流し、代わりに目的地の方を見た。
「昔の俺はおそらく、瞬間移動も出来たんだろうが……それはそのうち思い出すとして、がんばってあまり地上に影響を与えない程度の速度で飛ぶか。めんどくさいけど」
方針を決めると、二人も笑顔で頷いてくれた。
「では――」
軽い号令と共に、俺は再び加速に入った。
ただし、今度は前よりも慎重に。……でも、あまり道草する意味もないし、最低でも数時間以内に着くだろうさ。
俺は珍しく、UFO騒ぎなどが起きない程度に急ぎ、由美にも協力させて、下界から見つからないように留意した。
まあどのみち生の肉体なので、戦闘機と違ってそう簡単に補足されないが。
だから、この最後の数時間の飛行は思いのほか順調で、とうとう東ヨーロッパの小国、ソランの上空へと到達した――が。
「あちゃー」
俺は思わず声に出した。
「――かなり押し込まれてますね」
リーナが控えめな言い方をした。
俺と由美はもちろん、彼女も俺の力を分け与えたために、今や判別くらいは簡単につく。もちろん、人間とボーダーの。
その目で見れば……あいにくもうこの国は、陥落寸前だと言えるだろう。
「国を横断する山脈を境に、辛うじて南部の王都で王女が踏ん張ってる――て話だったよな?」
リーナと由美が二人揃って頷いた。
より視力に優れた由美が、すかさず付け加える。
「とはいえ、これは……既にその南部の山脈に、ボーダーが浸蝕しつつあります。この勢いだと、今晩中には王都付近まで押し込まれる可能性が」
「ぬううう……て、おっと」
シールド越しにではあるが、ジェットの爆音が微かにした。
その王都があるはずの方角から、二機ほど戦闘機が飛んでくる。やー、一応そういう装備もあるのか。
「まさか、攻撃してこないだろうな」
見守ったが、その気は無いようだ……二機とも俺達の周囲を飛んでいるだけだ……だいぶ距離を置いて。
「わかった、迎えだ」
俺はほっと息を吐いた。
向こうは期待していなかっただろうが、パイロットがしきりに南を指差しているのが見えたのだ。そちらは、目指す王都の方角である。
王都は明るく見えるからすぐわかる。
あとは……もうこの際、王宮に直接下りるか! 場合が場合だからな。
遠慮なんかしてる時じゃない。




