わたしが丈さまのお役に立ちますように
ちなみに俺は、起きる用事が特になきゃ、平然と幾らでも寝てられるタイプである。
例外は腹が減った時と、殺気を感じた時のみだ。
今回、数時間後にすっきり目覚めたのは、後者が原因だった。
いきなり俺がむくりと起き上がり、リーナの肩に手を触れて「悪かったな、長時間膝枕やらせて」と声をかけた。
「とんでもありません! 幸せな時間でした」
「……そうか。とにかく、ありがとう」
俺は笑顔で頷き、膝を抱えてる由美にも声をかけた。
「拗ねるなよ、由美。ところで、もちろん気付いているだろうな?」
「はい。二キロ圏内まで近付いています」
さすがに探知していたらしく、擦り寄ってきた。
「速度はさほどではないですが、数がいますね」
「ええっ」
リーナはさすがにまだ勘付いてなかったらしく、一人で驚いていた。
「気にするなよ? 俺や由美のレベルで察知できるなんて、そっちの方がおかしいんだから」
戸惑うリーナが、その時ちょうど、はっと顔を上げた。
「ああ、気付いたようだな。そう、危機が迫っている。――おい、シケ面パイロット!」
俺は予告ナシに声を張り上げた。
「どうせ聞こえてるんだろう? というか、野郎は全員、操縦席の方かよ。レーダーとか、そういうので見えてないか、接近してくる敵が?」
『――敵だとっ』
やはりこそっと盗み聞きしていたと見え、あのパイロットの戸惑った声がした。
『どういうことだ? こちらのレーダーは平穏だが』
「俺が目覚めたのに、平穏なわけあるか、馬鹿」
にべもなく決めつけ、教えてやった。
「そっちに大勢いるんだろうが? それぞれ目で外を見てみろ。肉眼でもそろそろ見えるはず
――」
「丈さま、今は夜なので……その、無能な人間では無理かと」
「あ、そうか」
この貨物室みたいな場所には窓なんかないんで、気付くの遅れた。
『おい、黙り込むな! どういうことだ』
「いや、もういい」
あっさりと俺は首を振る。
「おまえ達の力じゃどうもできないから、敵探しもいいぞ。こっちでなんとかするが、ちょっと平和的な解決は無理だな。自分がドジ踏んで俺達の邪魔にならないよう、せいぜい神にでも祈れっ」
途端に由美が、俺に向かって両手を合わせ、「わたしが丈さまのお役に立ちますように」と真剣な顔で拝み、膝の力が抜けた。
そりゃまあ、この子にとっての神は確かに俺だが。
『だから、なんのっ――』
怒ったようにパイロットが叫びかけた時、別の野郎の濁声が喚いた。
『おい、あれはなんの冗談だっ』
『どれだよ……て、なんだあ!?』
『なんだよ、みんなどうしたんだよっ』
やかましい声が重なったので、俺は早速、決めつけた。
「うるさい、馬鹿! もうマイク切れっ。早速、俺の足を引っ張るんじゃないっ」
それきりパイロット達は捨て置き、俺は口の中で呟く。
「全面透過!」
半ば以上、本能的にギフトを使っているが、それで特に問題はなく、たちまち俺の命令通りに、機内の壁が透過し、あたかも素で空を飛んでいるように見えた。
今や、足元の床も見えない。
どうやら、延々と続くタイガ(針葉樹林帯)の上を飛んでいるようだが、それより俺が注目したのは、固まってぐんぐん迫ってくる、翼竜みたいな群れである。
翼竜よりは遥かに小さいが、ギャーギャー喚いているのが聞こえるし、頭の部分には醜悪な化け物の顔になっている。
「よくわからんから、とりあえずグ○ムリン(仮名)としとこう。どうせボーダーの手下とか、そんなだろう」
俺は決めつけ、「由美っ」と手招きで呼ぶ。
「御前にっ」
さっと俺の眼前に跪いた。
「おまえに外の迎撃を任せる。こっちは俺が引き受けて、このボロ中古機を墜落させないようにするから、後顧の憂いなく暴れていいぞ」
「丈さまのご命令のままに。すぐに連中を一掃してご覧に入れます!」
久しぶりに命令されて嬉しいのか、由美は張り切って声を出し、そのまま飛び上がった。今は見えない屋根に頭をぶつけるかに思えたが、自分自身も一瞬だけ透過し、機内から外へとすり抜けてしまう。
機外に出た由美は、たちまち制服姿ですっ飛んでいき、逆にグレム○ンに襲い掛かっていく。
「わ、私も外へ」
由美を見て、リーナも俺に懇願してきた。
「まあ、そう慌てず」
俺は落ち着いて彼女の肩を抱き寄せた。
「敵の手札がまだあるかもしれないし、この機を捨てるかどうかを決める必要があるかもしれない。今は周囲を警戒しててくれ」
さて、場合によっちゃ、本気でパイロットその他が邪魔になりそうだが、どうすっかね。
パイロットその他の野郎を寄越した俺の妹とやらが、そこまで奴らを重用しているとは思えないが。




