その時は、せめて墓参りくらいはしてやろう
楽しい時間はすぐに過ぎる。
この国ではよくそう言われるそうだが……まさか俺が、自分で実際にそう思う日が来るとは思わなかった。
いやぁ、あいつらの裸はかなり眼福だったな。
由美の場合、一回か二回……うちに一緒に住んでる時に見ているが、今日はリーナも見てしまった。
二人とも均整の取れた身体だし、金が取れるレベルだよな。ため息が出る。
……まあ、そんな楽しい時間は過去の話だけどな。
「今や、殺風景な空港で、会ったこともない首相を待つ身か」
サンシャイン学園の制服を着た俺は、由美達や藤原にしか聞こえないように、こっそり呟いた。
そう、昨晩の風呂時間なんざとっくに過ぎて、今は翌日の夕刻なのである。
既に迎えの軍用機とやらは空港に着陸していて、俺達の搭乗を待っている。なぜか見送りたいという首相が未だ到着せず、彼らも中で苛々していることだろう。
しかも、パイロットの金髪にーちゃんは、俺達の背後で顔をしかめているし。
「遅いですね、首相とやらは」
由美も苛つくのか、ぼそりと呟いた。
なぜか、首相のボディーガードみたいなのが何名も先に来ていて、俺達をじろじろ見ているが……うっとうしいから、とっとと出発させてくれないだろうか。
「今の首相は替わったばかりですが……まさか、こっそりオフィサーと入れ替わっているとかないですよね」
リーナがなかなか鋭い指摘をしてくれて、俺の愚痴を涼しい顔で聞き流していた藤原まで、ぎょっとして振り向いたほどだ。
「ははは、ここには私もいるんだから、勘弁してほしいねぇ」
「安心してくれ。本当に成り代わっていたら、誰よりも先に俺が気付く」
「それについては疑っていないとも」
今度は前を見たまま、そっと藤原が呟く。
「しかし、この出発は非公式とはいえ、どうせ撮影はされているだろうから、そのまま殺すのもまずいんだなあ」
「えー」
うんざりした俺が息を吐いた途端、ボディーガード達が気を付けの姿勢を取った。
「ようやくのお出ましか」
小型のオープンカーみたいなのに乗った、真紅のスーツの女性が、俺達のすぐ前まで来た。もちろん、運転手は別にいて、身体のごつさからして、そいつもボディーガードだろう。
タイトスカートの女性首相は、颯爽と降り立ち、こちらへ進んできた。
ほう? なかなか美人では。
「霧崎君、行儀よく頼むよ」
いつもののんびりした声ながら、多少は緊張しているらしい藤原が囁いた。
そういや、こいつの直属の上司は自衛隊や公安などではなく、首相その人らしいな。ここで俺が裸踊りでもおっぱじめると、かなり傷手だろうな。
はははっ。
……なんてことを考えているのはおくびにも出さず、俺は囁き返した。
「安心してくれ。俺は決める時は決めるんだよ」
次の瞬間、我らが藤原に軽く頷いた首相は、その背後に並ぶ俺達を見た……見て、さっと眉をひそめたな。気持ちはわかるが。
幾ら表向きは救援任務だろうが、実質的な援軍だものなあ俺達。
見た目が学生だっつーのに。
「……想像以上にお若いのね」
俺に目を向け、「貴方が隊長格……になるのかしら?」などと言う。
「はっ」
俺はびしっと気をつけの姿勢を取り、慌てて由美達がそれに倣った。
「今回の遠征の責任者である、ナイトの霧崎丈でありますっ。救援任務につくからには、国の名を汚さないよう、誠心誠意、任務に当たる所存です。――全員、敬礼っ」
今度は嘘のようにタイミングが合い、俺以下、由美とリーナが完璧な敬礼を決めた。
「……頼もしいわ」
首相は見た目にもだいぶほっとした顔をして、俺達に握手を求めに来た。
「任務、がんばってください。でも……生きて帰るんですよ」
任せてママンっ、などのギャグは堪え、俺は真面目腐って堅苦しい握手をした。ただし、うっかり目を合わせたのは失敗だったかもな。
途端に女性首相はびくっと肩を震わせたし。
……たまにそういう敏感な人がいるから困る……本能で俺の本質を垣間見てしまう人が。
しかし、さすがに見た目は美人さんでも、首相にまで上り詰めた女性である。怖じ気付いた顔を見せたのは一瞬のことで、すぐに笑顔を取り戻した。
まあ、そのくらいでないと、藤原の上官なんて務まるまいさ。
あとは滞りなく声かけが終わり、最後に藤原が敬礼をした。
「発足して間もない、ギフト戦士達ではありますが、この三人ならやり遂げてくれると、私は信じておりますっ!」
こいつぅ、二十代の新任士官みたいな声だしやがってー。
爆笑しそうになったじゃないか、おい! もちろん堪えたけど、本当に噴き出しかけた。
エラい役者だな、おっさん。
そして俺達は回れ右をして、金髪パイロットの案内で、輸送機みたいな軍用機まで移動していく。もちろん徒歩で。
背後から、藤原がこそっと声をかけてきた。
「爆笑されるかと思ったけど、堪えてくれた助かったよ」
「ははは。言ったろ? 俺は決める時は決めると」
「うん、その点、期待した以上だった……ついでに、五体満足で、なるべく早く戻ってくれたまえ。君の留守が真面目に心配だ」
輸送機の開いた後部ハッチを前に、俺は振り返って藤原を見た。
「らしくもなく、弱気じゃないか?」
「まぁね。切り札は手元に置きたいものだろ?」
珍しく老獪な笑みはなく、真面目な顔に見える。
「あんたにも多少は世話になっているからな。死にそうになったら悲鳴を上げてくれ。気が向いたら、俺が助けに登場するよ」
「よし、約束だぞ。私はまだ死ねないんだ。ぜひとも頼む」
ようやく藤原がニヤッと笑う。
「本音は、間に合わずにおっ死んでもいいか? ともチラッと思うけどね。その時は、せめて墓参りくらいはしてやろう」
俺もたいがい、人の悪い笑みを返す。
もちろん、俺達は首相と違って握手などはしない。
今のが別れの言葉で、そのまま俺は由美達と機上の人となった。




