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フロム・ダークネス


「ははははっ」


 線が細そうな男は、制服姿のまま、楽しげに笑った。


「強気も、そこまで行くと痛々しいな。周囲を見たまえ、少年? 既に君達は三桁に届こうかという、我が配下達に囲まれているよ」

「いや、俺は目はいい方だ、ちゃんと見えてるさ」


 実際、あいつの言う通りで、ポコポコ現れつつあるボーダー共が、それぞれ薄笑みを浮かべて抱囲の輪を狭めつつある。

 俺を信頼しきっているリーナや由美は俺のそばで平然としているが、専用銃を抜いた高梨は、かなり緊張しているようだ。


「ど、どうするのっ。攻撃する? 逃げる? 決断してっ」

「もちろん、攻撃一手さ。あの程度の敵を前に逃げてどうする」


 それに対して、あくびをしやがった敵は「そろそろ大ボラにも飽きてきたな。……おまえ達、四人とも殺せ!」と命じた。

 当然、わざとらしく時間をかけて迫っていたボーダー共は、一転して四方からダッシュしてきた。

 その機を捉え、俺は高々と叫んだ。


「我が命に従い、く姿を見せよ。フロム・ダークネス!」






 最後のコマンドワードを声に出した途端、いきなりこのエセ球場全体が薄闇に包まれた。そして、俺の足元を起点に、即座に暗黒が大地を覆い尽くす。


「な、なんなのっ」

「動くな! 今動くとおまえも死ぬぞっ」


 迂闊に前へ出て様子を見ようとした高梨に叫ぶ。

 事実、今や球場の形をとっていた敵の独自空間は完全に破壊され、地平線の果てまで暗黒が広がっている。


 一応空は灰色でまだなんとか視界が利くが、それも時間の問題だろう。

 オフィサー配下のボーダーは言うに及ばず、敵のオフィサー自体が急変に顔をしかめ、周囲を確かめていた。


「なんだこれはっ。私の結界を闇が覆っていくだと!?」

「闇があるところ、俺の臣下達の通り道があるってな。よく足元を見てみろ……まあ、空でもいいが」

「大地と空がどうしたと――」


 言いかけ、またしてもオフィサーは顔をしかめた。

 ようやく見つけたらしい……足元の暗黒大地の深奥から、次々に浮き上がってくる微かな煌めきを。それは地上と同じく空を浸蝕していく暗黒も同様であり、次の瞬間、タイミングを合わせたように、一斉に飛び出してきた。


 空からは翼のある魔獣共が、そして地上には闇の眷属で俺が知る限りの魔獣や魔人共が。我が命令に従い、時空を越えてこの空間に押し寄せて来ている。

 今はまだ下級眷属ばかりだが、なんならさらに命令して、上級魔族を呼ぶこともできる。


「グガァアアアアアアアアッ」


 まず、どす黒い肌をしたジャイアントが、突っ立つボーダー共を薙ぎ払う。邪龍は空から炎のブレスや毒液などを存分に連中に浴びせ、そして人外タイプの魔獣は既に血の滴る大口をあけ、ボーダーを頭から囓っていく。


 恐怖を知らないはずのボーダーのうち、既に幾人かは悲鳴を上げて逃げようとしていた。もはや、続々と詰めかける闇の眷属共のせいで、人数差は一瞬で逆転してしまっている。

 この閉鎖空間で唯一安全なのは、俺を中心としたわずかな周囲だけだろう。


 どのみち、こちらへ接近しようとする者は、それがなんであれ、魔獣や魔人達が引き裂き、ただの肉塊に変えてしまっているが。




「な、大丈夫だったろ?」


 とせっかく声をかけてやったのに、高梨は失礼にも四つん這いになって思いっきり吐いていた。


「……おいおい」


 思わず嘆息したが、まあ、普通の人間だと、闇の眷属がここまで密集した場所に長居すれば、こいつらが放つ毒気だけでも人体に深刻な影響があるかもしれない。


「ご苦労さん、後は俺がやっとく」


 高梨の肩に手を触れ、彼女をリアルワールドに転送してやった。

 で、ふと思い出して肝心のオフィサーを探したが……既にあいつの結界自体が全て消滅していた。ということは、死んだのだろう。


「当然の勝利です、丈さま」

「我が君に栄光あれ!」


 身を寄せてくる由美とリーナは、さすがにもう意識が魔族に戻っているので、吐いたり恐れたりはなかった。

 笑顔全開で、改めて遠い昔の記憶を懐かしみ、抱きついてきただけである。


「あー……学校の仲間に化け物扱いされるだろうし、意外と俺の力も消耗するしで、まあ、あんまり使わない方がいいかな、この手は」


 呟いた俺が、俺の独自結界だったフロム・ダークネスを解除した瞬間、周囲は正常空間に復帰し、魔獣共とのコンタクトは途絶えた。


「ただし、どの肉片が奴だったが、特定はちょっと無理らしい」


 闇鍋をぶちまけたような周囲を見て、俺はまたため息をつく。

 任務完了のはずだけど、こりゃ藤原への説明が難儀だぞ。


 ……逆に怒られたりしてな。 


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