だから、俺を待つべきだったのにっ
それは置いて、どうもこの出動は、最初から暗雲が立ち籠めていた。
もちろん、俺にとってではなく、他の誰かにとってだが。
現場に着く以前から、『政府はボーダーの潜在的人数を知ってて隠している!』なんてプラカード持った集団のデモに、俺達の車両だけが運悪く引っかかり、到着が遅れてしまった。
ボーダーの実在は、つい昨日発表されたばかりだというのに、これだ。発表前から知っている奴が大勢いたらしい。
とはいえ、遅れたといっても二十分も遅延していない。
しかし、現場の地下鉄へ向かう入り口前に到着すると、他のナイトやポーン達は、既に中へ突入した後だった。
「なんだ? 特にやることもなくて、このまま回れ右かな?」
辛気くさいバンを出た俺は、背伸びして言ったが、あいにく星野教官が即、命じた。
「交通網を遮断して、地上も地下も、一般人の出入りを禁じてるのよ? そんなわけないでしょ。いいから、霧崎も部下を連れて、すぐに突入しなさい!」
言われて見れば、繁華街なのに、全然人の気配がない。
「そりゃ行くけど、他の斑だかチームだかの突入状況は?」
期待せずに訊いたけど、星野教官はちゃんと地下鉄駅構内の図面を持っていて、『こちらのC階段出口からはナイトの岡崎斑が、A階段入り口はナイトの朝霞斑が~』など、現状でわかる限りのことを教えてくれた。
「あ~……じゃあ、一番手薄な地下鉄の線路を、逆に辿りますかね。逃げる時に、利用されそうだし」
「そこは逃げられないように、警官隊が固めていると報告があったぞ」
「警官は別に普通の人でしょうが? 俺がボーダーなら、そんなの全員殺して逃げますよ」
俺が頑固に言うと、星野教官はため息をついて首を振った。
「主任教官の命令だからな……やむを得ない。では、駅員に案内してもらうからついてきなさい。非常口から、地下のレールに下りる場所があるはずよ」
さらに十五分後、俺達は人数分の、耳に装着する小型無線機器だけを与えられ、非常通路から地下鉄のレールに下りた。
現場となった駅構内までは、三百メートルほど歩く必要がある。
星野教官に案内を請われた駅員の人が先導してくれたが、最後に暗いレールに下りて行く俺達を見て、信じ難い顔をしていた。
もちろん、彼はここまでである。
「貴方達、実戦部隊なんですか?」
「ホント、わらかしてくれますよね」
俺は破顔して彼に言ってやった。
「俺なんて、実質的に初出動だし。女子供に戦わせようっていうんだから、この国はいい度胸してますよ」
「は、はあ」
「ちょっと! 一般の人に余計なこと言わないでよっ」
仕送りの――ではなく、ポーンの高梨がきっつい目つきで言ってくれた。
「いや、本当のことだしな」
俺はすかさず言い返し、歩き出す。
由美とリーナが先頭に立とうとしたので、「いいよ、俺が先に行く。一番死ににくいのは俺だからな」と思い出させ、先頭に立った。
「我が……いえ、丈さま。懐中電灯をどうぞ」
「いいよ。俺は夜目が利く。高梨に持たせてやってくれ」
「あ、あたしだって、トンネル内の照明があるから大丈夫よっ」
それでも、リーナが無理に懐中電灯を押しつけたらしく、「なんであなた、あいつに服従してるのっ」とか「貴女も従いなさい」とか……ちょっとだけ言い争う声が聞こえたが、それもすぐに止んだ。
しばらく、全員が黙って地下鉄のレールを横目に歩く。
だが、それも百メートルほどのことだった。
ふいに嗅ぎ慣れた臭気がして、俺は立ち止まる。
「全員、停止」
由美とリーナは一言の質問もなく止まったが、案の定、高梨が尋ねた。
「なにかあったの!?」
「血の臭いがする……それもかなり多い。誰かが……いや、何名かが少し先で倒れてるな」
「ええっ!?」
「俺が合図するまで、みんな、その場で待機。逃げようとする奴がいたら、食い止めろ」
『ははっ』
「えー」
二人と一人のちぐはぐな返事がしたが、俺はもう振り返られず、一人で先に進む。
とはいえ、ほんの七十メートルほど先だった……倒れ伏した警官隊を見つけたのは。
ざっと見た限り、既に全員が事切れていた。火薬の臭いが全くしないので、拳銃を抜いて応戦できた奴は一人もいないらしい。
「あ~あ」
俺は耳に装着したマイクに手を触れ、星野教官に連絡した。
『えー、テステス。こちら哀れな少年ナイト。駅の手前で、警官隊の全滅を発見。ボーダーの何名かが逃走した可能性あり』
『それは本当か!?』
意外そうな返事だった。
『三分前、そこにいたはずの警官の一人が、緊急報告だと言って、ルークの元へ泡を食って駆けつけたそうだぞ』
『そりゃ死体の報告でしょ……と言いたいけど、多分、違うんじゃないかな。むしろ、俺達の攪乱のために、現場指揮官の奇襲に向かったんじゃ? その警官とやらは、身体を乗っ取ったボーダーの可能性があるような』
そういや、古暮はルークで現場指揮官だと吐かしてたな。
俺が今更のように思いだした途端、遠くの方で銃声が聞こえた。
「だから、俺を待つべきだったのにっ」
遠慮して言わなかったことを今こそ愚痴り、俺は由美達に合図した。
「お偉いルークが襲われているらしい。リーナと高梨は俺と一緒に応援へ向かう。由美は、これ以上誰もここから出られないよう、結界を張ってから来てくれ!」
「ははっ」
忠実な由美の声と、リーナの駆け足の音を聞きつつ、俺は既に走り出していた。
……間に合わない気がするけど、一応な。




