現場では、最善と信じる行動を取ってくれたまえ
三人で寮を出て、東側校舎から離れた、三階建ての黒い建物に向かった。
正直、リーナがいてくれて助かった。
敷地の端ギリギリに建っていたそんな建物、俺達は最初か知らなかったし、いざ探せば、見つけるのに苦労したはずだ。
「この学校は創立して間がないので、実戦はまだほとんどなくて、毎日が訓練みたいなものでしたけど、どうやらやら今年から即戦力のクラスを作ることにしたらしく――」
リーナが詳しく教えてくれた。
「それが、エクストラクラス?」
「少なくとも、私が話した女性教官は、そう教えてくれました」
「へぇえ?」
元々、この学園に期待するのは、俺と由美だけじゃ集まらないような敵の情報を得るためである。少なくとも藤原の誘いを受けた時は、そういうつもりだった。
とはいえ、俺達が指定された三階の一室に行くと、漏斗状の席が一番下の教壇を見下ろす形になっていて、思ったより広々としている。
ただ、その広い空間には、ほんの十名ほどしか生徒がいなかった。
後から来るのかと思っていたが、授業開始の九時前になっても、人数に変化はない。
なんと、俺達三人プラス十人……総計十三名しか生徒がいないらしい。
どういう基準で人数絞っているのか、謎だが。
……ついでに言うと、男は俺一人しかいない。お陰で、固まって座る俺達三名に、やたらとちらちらと視線が飛んでくる。
そのうちの一人に見覚えがあるなぁと思ったら、ポーンの記章つけてた、高梨沙由理だった。実家に仕送りしているとかいう女子生徒だ。
なぜか俺の姿を見た途端に、ぎょっとした顔をしたが、以後は不機嫌そうにそっぽを向いていた。
それはそれとして、もう九時をだいぶ過ぎたのに、教官が来ない。
メールで受け取ったカリキュラムでは、午前中はボーダーが見つかってから、今までに起きた事件の概要を説明する授業だそうだが……二十分遅れで入ってきた女教官は、むすっとした顔で俺達に命じた。
「高梨沙由理、桜坂由美、リーナ・アルベール、それから問題児の霧崎丈。おまえ達には任務がある。どうやら、事件らしい」
クラス中がざわつく中、否応なく俺達は立ち上がり、教官の下へ集まった。
つか、なんで俺が問題児かと思ったが、この女性教官、喧嘩沙汰で藤原のところへ呼び出された時、後から現れた人だな。
スーツの名札には、星野玲華とあるが。
しかも、そばまで寄ると、いかにも気が向かなさそうに言う。
「リーナと高梨は、残りの二人を案内して、地下の装備室で戦闘スーツに着替え、済んだら全員が校舎前に集合だ」
「実戦なら、銃とか装備していいのかな? 俺、まだ訓練も受けてないけど」
わざとらしく訊くと、星野教官はもの凄く嫌そうに吐き捨ててくれた。
「武器の携帯はもう許可が下りているわ。私は当然、反対したけど。しかし、どうやら主任教官はおまえに過剰な期待を寄せているらしい。いくら反対しても、通らなかったわね」
「ははあ?」
あいつ、人を見る目だけはあるな……という意味の「ははあ?」だったのだが、女教官は誤解したらしく、「なにが『ははあ?』だっ。いいから、駆け足!」とエラそうに命令してくれた。
ともあれ、リーナと高梨の二人は初めてじゃないようなので、装備室とやらには迷わず行けた。あのぴっちりスーツモドキを俺も着るのかとげんなりしたが、まあやむを得まい。
それより、みんなで仲良く嬉し恥ずかしの着替えかと思ったら、ちゃんと男子専用の装備室があって、そっちの方がよほど残念だ。
もちろん俺は遠慮せず、そこに並んだ武器の中から、きっちり自分の分を確保して腰に装備してやった。ついでに、誰にも言われてないが、弾倉というかマガジンを五つくらい余分に持ち出す。ベルトに差し込み口があって、ちゃんと装備できるようになってるからな。
ここまでは「やあ、早くも実戦か。いいねいいね」と、割と高揚してたのに、校舎前に出ると、藤原が軍服着て立っていて、げんなりした。
おまけに俺達以外に、総勢二十名近いナイトとポーンがいたりして。
「やあやあ、思ったより早かったね。……授業開始の初日から出動で、申し訳ない」
俺に向かって言ったらしいので、肩をすくめてやった。
「いいけど、思ったより人数多いな――多いですね」
一応、大勢の前なので、敬語に直した。
「うん。まあ、そこに並ぶ彼らは、総指揮官のルークの指揮で動くから、君達は気にしなくていいよ。霧崎君は、他の三人を率いて、遊撃隊として頼む。現場では、最善と信じる行動を取ってくれたまえ」
「ちょ、ちょっと待って下さい、主任教官」
仕送りの高梨が、慌てたように前へ出た。
「私はそもそも、他のナイトが指揮する部隊の所属ですっ」
「ははは、嫌われた」
俺が先に笑うと、きっと睨まれてしまった。
しかも、駄目押しのように藤原が告げる。
「悪いが、それは昨日までの話だ。正式な辞令は後から出すが、今日から君は霧崎君の指揮下となる」
「……そんなっ」
この世の終わりみたいな顔色だったので、俺は「実はあんた、運がいいよ。俺のそばにいれば、生存率は爆上げだと思うね」と言ってやった。
あいにく、本人は力なく肩を落とすだけだったけどな。
……本当のことなのに。