俺は二人を抱き寄せて、ぽんぽんと背中を叩いた
3月31日
今日は、私の記念すべき日となった。
私は十五歳にして、はじめて自分の存在意義に気付いたのだ!
これまでの私は、赤ん坊の頃に施設の前で捨てられていたという過去に苦しめられ、そのことを思い出す度に「私は両親にとって、いらない子だったのね」と涙にくれていた。
けれど今は、そんな感情は綺麗さっぱり消えてしまった。
かつての魔王陛下と再会したことで、両親のことなどは些末なこととなってしまったもの!
前世であのお方が亡くなった時に「魔王陛下が転生された時、今度こそ私はおそばでお役に立ってみせる!」と誓い、迷わず殉死を選んだことは、間違いではなかった。
十五歳の今日まで記憶を失っていたことは残念だけど、今後は命を投げ出す覚悟で忠勤に励み、無為に過ごした時間の謝罪としよう。
それに、陛下……今の丈さまは、当時二線級の戦士に過ぎなかった私を軽んずることなく、大いなる力を分け与えてくださった。
文字通り、私はこの日から生まれ変わった!
丈さま……いえ、我が君、我が神よ。このリーナは貴方の盾であり、剣でございます。
どうか、私にご命令を!
リーナは毎日欠かさず点けている日記を閉じ、鍵をかけ直して机の引き出しに仕舞った。
自分では意識していないが、その間も絶えず、うっとりと微笑んでいる。
リーナをよく知るかつての友人達が見れば、「ひょっとして、彼氏でもできた?」と揶揄していたかもしれない。
もっとも、今のリーナは他人から何を言われようと、少しも気にならなかっただろうが。
今日から丈さまにお仕えする……それ以外のことは、全て些事に過ぎない。
乙女らしく、未だ訪れたことのない異性との恋に憧れたこともあったが、そのことさえ、今は愚かしく感じる。
愛しい方なら、前世はもちろんのこと、今もすぐそばにいるからだ。
もちろん、身分に天地の差があるため、この恋が成就することは有り得ないが、私は生涯、丈さまを愛してやまないだろう。
「我が君、我が神よ……お休みなさいませ」
パジャマに着替えるために寝室に向かいつつ、リーナはうきうきと考え込んでいた。
「まず、駄目元で丈さまの部下にしてもらえるよう、学園長に申し出ないと……それから、部屋もお引っ越しね! ここは、丈さまの部屋に遠いからっ」
物心ついて以来、リーナの心に終始澱んでいた「私は捨て子だった!」という事実は忘却の彼方に追いやられ、今のリーナは幸福感に充ち満ちていた。
いよいよ、今日から授業へ出席らしい。
つまり、これまでの騒動は、俺にとっちゃただの余興というか、前振りのようなものだ。
昨晩帰宅したらメールが届いていて、俺の向かうべきクラスは、東校舎ではなく、別棟のエクストラクラスだという。
なんだそれ? と思うが、どうせ藤原の奴が、俺を一般生徒から引き離すために決めたのだろう。まあ、戦えるなら、別にそれもどうでもいい。
ただ、チャイムが鳴ってドアを開けた時、ちょっと驚いた。
いつも迎えに来る由美と一緒に、リーナも隣に並んでいる。
しかも、会ったばかりの頃の、虫食いリンゴをうっかり囓ったような苦い顔はさっぱり消え、今や友好的な波動を振りまいていた。
「おはようございます、我が君っ」
「おはようございます」
……しかも、由美より先に挨拶して低頭したしな。
「制服、お似合いです」
「え? ああ、これな」
肩口にナイトの記章がついた漆黒のブレザーと、下のズボンは灰色だった。
喪服かよと思う暗い色で固めているが、女子生徒はネクタイではなく青いリボンで、色が辛気くさくても可愛く見えるのが救いだ。まあ、着る者によるが。
「そういや、由美とリーナのクラスは?」
「本日より、エクストラクラスです!」
「……わたしも同じく」
また先に言われて、由美がむすーっとした顔をする。
廊下の左右を見るとまだ誰の姿もなかったので、俺は二人を抱き寄せて、ぽんぽんと背中を叩いた。
由美は嬉しそうにため息をつき、これはいつものことだが、リーナは意表を衝かれたらしく、はっと息を呑み、身を固くした。
まあ、押しのけられなかったのだから、そう嫌がっているわけじゃないだろう……多分。
「二人とも、仲良く頼むぞ。俺達はこの学園内の、数少ない身内だ。同じクラスに決まったのは、望外のことだよ」
よくあの藤原が、俺達をひとつところにまとめたなと。
「はい」
「……はい」
由美はともかく、まだ抱き締めたままのリーナの声は、震えていた。
「お言葉を賜り、嬉しく思います」
いや、ここは前世の魔界じゃないんだから、大げさな……と思ったが、俺はあえて指摘しないことにした。張り倒されるよりは、よほどいい。
「……はぁああ」
途端に、なんだかリーナが甘いため息をついて、ちょっと驚いたが。