もしも俺を狙う間抜けがいたら、そいつに同情するね
どうも、昼間の間に俺達の噂が全校を駆け巡ったらしい。
俺はあの後、焦げた服を脱ぎ捨てて昼寝を決め込んだわけだが――。
夕飯のため、そろそろ暗くなる頃に起き出し、由美と二人で寮を出ると、そこら中から視線を感じた。
というか、俺はここじゃ男であるというだけで目立つのだが、普段からふてぶてしい表情をしていると誰かに言われた記憶があるほどで、敵を倒した噂と相まって、実にヤバそうに見えたらしい……後から聞いたことだが。
話しかけてくる子はいない代わりに、みんなそっと俺を見るのである。
別に敵視というわけでもなさそうだが、好意でもないな……なんとなく、通りすがりのヤバい人を見るような目つきに見える。
普段なら、俺よりクール系美人の由美に野郎の視線が殺到するのだが、ここじゃほぼ周囲は女子生徒ばかりだからな。
「今日はちょっと働いたから、ステーキにするか?」
「はいっ」
由美はいつも通り、素直に頷いた。
本日は、純白のタイトミニとブラウスで決めていて、正直、三月とは思えない格好だった。セーターとジーンズの俺とはエラい差である。
「……たまには由美が決めてもいいんだぞ?」
一応、気遣ってやったが、由美はいつも通り、笑顔で首を振った。
「ありがとうございます。でも、丈さまとわたしの好みは、ほとんど同じですから」
「本当かねぇ?」
茶化しつつ、さりげなく腰に手を回したりして。
由美がまた嬉しそうに擦り寄るものだから、ちょっと人目が気になるけどな。
――話は決まったので、俺達は食事や娯楽の類いが集中する、文字通り「娯楽エリア」と呼ばれている北側の建物を目指す。
一階のフードコートは当然のように無視して、最上階の高いレストランばかりが並ぶ階で、特に高そうな肉料理の店に入った。
だがしかし……窓際に陣取り、それぞれ注文を済ませた途端、例の金髪さん……確か、リーナ? 彼女がズカズカと入ってきた。
さすがにバトルスーツではなく、私服だった。意外にも、アイドルグループが着るような、ブレザータイプのカジュアルな服装である。
胸が窮屈そうだ。
素早く店内を見渡すと、すぐに俺達を見つけ、むすっとした顔で由美の横に座る。
「ちょっとごめんなさい」
由美本人が迷惑そうに睨んだが、無視していた。
「なに? 尾行でもしたのか?」
「まさか! 貴方達がここへ入るのを見たって、みんな噂してたの」
長い金髪を邪魔そうに背中に払い、はきはきと話す。
「俺達、別に目立ちたくないんだが、なぜか目立ってるよなあ……はははっ」
友好的に話しかけたのに、向こうはまだ不機嫌そうである。
「どうして貴方に手出しできないのか、説明してくれる約束よっ」
俺の軽口は無視して、彼女がじっと俺を見た。
お返しにこっちも真っ直ぐに視線を合わせると、しばらくしてびくっと肩が動き、向こうが目を逸らした。
「……どうして」
「普段なら、目を逸らしたりしないのにって、いま思ったかな?」
「うっ」
なんでわかるのようっ、という目つきでまた睨む。
「う~ん……本当に説明するとなると、まず俺の正体から話すべきなんだが、その正体については、俺自身も未だに疑問符つきでね」
なるべくわかりやすく説明していると、じゅわじゅわ焼ける音がして、俺達のステーキとライスが運ばれてきた。
「あ、この金髪さんにも同じものを」
「私はべつにっ」
「食わないと、話さないよ?」
俺は笑顔で申し出る。
「またそんな意地の悪いことを」
文句は言ったものの、結局は一緒に食べることになった。
約束は約束なので、「信じる信じないは勝手だけど、他言無用で頼む」と断りを入れ、俺は自分が知る限りの事情を話してやった。
途中で彼女のステーキも運ばれてきて、本来なら和やかなムードで食事会のはずが、話を聞くうちに、リーナは呆れ果てた表情を浮かべた。
まあ、そうだろうな。
「普通、そんなの信じる人いる!?」
「そうは言うけど、俺達の敵であるボーダーだって、この世界の種族じゃないよな?」
「そ、それはっ。でもだからって魔王とか」
「声が大きいって」
俺は穏やかに窘め、店員がそばにいないことを確かめ、自分の左手を突き出す。
「驚きはわかるが。しかし俺自身も、自分が人類外だと思うことが多くてね。例えばほら」
セリフと同時に、右手で無造作に人差し指と中指をまとめて掴み、関節と逆方向に思いっきり捻った。枯れ木を踏むような音がして、二本の指が無残に折れてしまう。
「――っ!」
息を吸い込んで立ち上がろうとした彼女を目で抑え、もう一度力尽くで元に戻す。
「てててっ」
……あいにく、骨が上手く接合しなくて、歪な指の形が出来たが……パタパタと手を振ってやると、自然に復元した。
完全に治癒したことを示すように、俺はまた指を伸ばして見せてやった。
「……ちょっと治りが早すぎると思わないか? 普通の人類にしてはさ? ちなみに、今は指だったけど、これが足でも同じだよ。まあ、そもそも簡単に折れるほどヤワじゃないけど。もしも俺を狙う間抜けがいたら、そいつに同情するね。俺はひどく殺しにくい男なんだ」
笑顔で言ってやったが、リーナは言葉もなく押し黙っていた。
やあ、怖がらせたかな?
「まあ、信じなくてもいいのさ。リーナは俺を深層意識で認識したようだから、本当にかつての臣下なら、放っておいても間もなく思い出すよ……多分ね。納得できなければ、明日の集団戦で、俺に挑んできてもいい」
肩をすくめて、俺は食事に戻った。
ステーキは熱いうちに食わないとな。