向こうが拒否しない限り、余裕で手を出してそうだなあ
服が焦げたまま、指示通りに一階の視聴覚室へ向かう途中、俺はさりげなく由美に尋ねてみた。
「なあ、おまえはあの金髪さん、知ってたか?」
「いえ」
即答で首を振られた。
「かつての臣下達と外見が一致する者は、わたしが知る限りではいません。でも、転生後は姿も変わっていますから――」
「それだけでは、わからないと」
俺は肩をすくめて、階段を下りていく。
「しかし……あんまりこういうこと考えるのもアレだが、俺がもし前世で本当に魔王だったとすれば。あんな子が臣下にいたら、向こうが拒否しない限り、余裕で手を出してそうだなあ」
そこで由美が、なにか名案が閃いたような顔で、ぱっと俺を見た。
「じ、丈さまっ! 実はわたしはっ」
「俺が魔王の時代、毎晩抱かれてましたっ――とか言わんよな?」
機先を制して、俺は言ってやった。
「ど、どうして、わたしがそう言うと――」
「驚くほどのことか? 本当にそんな事実があったなら、由美は最初からそう申告しただろ? で、いつものことだから抱いてください、とか言いそうだよな?」
「ううっ……」
図星を突かれたのか、由美が口ごもった。
「本当ならともかく、嘘だとわかったら怒るぞ?」
「う……うぅうう……本当は……現在過去を通じて、まだ未経験です……」
いつも冷静でクールな由美が、しょんぼりと項垂れた。
「いや、そこまで正直に言わんでも」
俺は苦笑し、由美の腰を抱いて引き寄せ、揺すってやった。
「由美は可愛いなあ」
もちろん、かつて俺が付けた名前は由美じゃないが。
「……丈さま」
赤くなった由美が自分も寄りそってきた。
あいにく、もうすぐ視聴覚室だけど。
入り口に札があったので、部屋はすぐにわかった。
中へ入ると、正面にリア投影型の巨大なスクリーンがあって、部屋の少し後ろの方に、投影機らしき機械が設置してあった。
「既にカーテン閉まってるし、あのおっさんが後から来るってことなら、どうせ準備はしてあるんだろうな」
……これで、ボタン押したらマニア向けのAVとか映し出されたら、笑えるんだが?
半ば期待してスイッチを押したら、本当に映像が映った。
ただし……マニア向けAVなどではない。
画面一杯に映ったのは、このサンシャイン学園と似たような施設である。ただし、こちらはどうも、純粋な訓練施設に見える。
しかも、映像の中では、何者かの攻撃を受けている!
これを撮影した者が誰かはわからないが、おそらく建物の三階、もしくは四階から撮影したのだろう。素人らしく、映像のブレがひどい。
映っているのも、敵味方共に日本人ではないし。
ただ、何が起きてるかは見て取れる。
この施設は別に地下ではなく、ちゃんと地上にあるようだが……門を乗り越えて、あるいは外周の壁を破壊して、次々に敷地内に侵入してくる者達がいる。
老若男女の別なく、年齢はかなり幅広く、人数も百名では利かないだろう。
そんな連中を、施設の女子生徒――あるいは少女兵士達が連携して迎え撃っている。
戦闘要員がほぼティーンの少女ばかりなのは、このサンシャイン学園と共通する。
戦う彼女達は全員、さっきのリーナが装備していた妙な形の銃はもちろん、それぞれが持つギフトで応戦していた。
戦闘要員以外の子は背後に下がり、弾薬の補充や怪我人達の手当に当たっているようだ。
かなり戦闘訓練を積んでいるように見える。
お陰で、少女兵士側からの雷光やら炎やら暴風やらの攻撃を受け、最初は侵入者側の旗色が悪かった。
しかし、あいにくそれも長くは続かなかった。
仲間の死体を踏み込え、後から後からやってくる侵入者達に、生徒の女の子達は次第に押され、やがてじわじわと反撃に遭って倒されていく。
まだ息がある場合は、侵入者の誰かがその子に襲い掛かり、なにやら口付けをしていた。もちろん愛情の印ではなく、仲間を増やすための意図だろう。
死の接吻を受けた少女はその場で立ち上がり、沈黙したまま、味方だったはずの少女達に、逆に遅いかかり始めていた。
こうなると、もはや勝負にならない。
みるみる敵と味方の人数が逆転していき、加速度的に敵の数が圧倒し始めた。
最後は、気力と戦意が尽きた少女達が、戦いを放棄して逃げに転じたが――その頃には既に、脱出も不可能となっていた。
施設の周囲を、大人数の敵でびっしり囲まれてしまったからだ。
逃げるに逃げられず、悲鳴や泣き声を上げて少女達が無益に走り回り、一方的な掃討戦となってしまう。途中でカメラがブレて映像がブラックアウトしたが、おそらく撮影していた本人も倒されたのだろう。
しばらく、俺達は無言のままだった。
やがて、俺の隣に座る由美が、しみじみと呟く。
「……本当に弱いですね、人間は」
そっちかよ!
相変わらず、人間に厳しいヤツ。
「しっかし、嫌なもん見せてくれたよな。俺になにを期待しているのかね、あのおっさんは」
俺は思わず呟いた。
……俺だって、正義の側には遠いってのに。