くそっ、どうせ反撃ないなら、タッチより揉みまってやるべきだったか!
「え、そうなのか?」
この学園で金髪さんに会うのは初めてなので、会ったことがあるといえば、自動的に前世のことになるはず。
だがあいにく、俺は自分の前世を全く覚えていない。
ようやく、転生を信じ始めたところだし。
しかし、俺が訊き返した途端、金髪少女は眉をひそめて自分の口元を押さえた。
「わたし、どうして」
「いや、それはこっちの質問だが」
「つい口をついてぽろっと出てしまって……不思議だけど。でも、本当に貴方には会ったことがある気がしてならないの……どういうことかしら」
困惑したようにおずおずと言う。
「試しに、ちょっと俺の頬を張ってみたら?」
一計を案じて、俺は持ちかけてみた。
「……え? そんなことして、なにか意味あるの?」
「俺的には、かなりわかりやすい指針なんだ。まあ、他の攻撃でもいいけど、頬を張るのが一番、穏便だろ? もし俺の頬をためらいなく張れたら、おそらくあんたのモヤモヤは勘違いで、俺達はたんなる生徒同士だ。だが、なぜか俺に手出し出来ないようなら……その時は、俺が事情を説明してやるよ」
まだ意識してなかったさっきはともかく、今は本能が俺を認識している。
転生したかつての臣下であり、それが潜在意識に残っているなら、俺に手を上げることはできないはずだ……多分。
由美曰く、魔王その人に対してそんな不敬を働く臣下は、ただの一人もいないそうだからな。
「で、でも、そんな気安く男の人を張り倒すなんて」
人を謎の銃でためらいなく撃ったくせに、今更そんなことを言う。
金髪さんの部下達も、全員頷いてるし。
「よし、なら俺がきっかけを作ってやるよ。――先に謝っておく、ごめん」
最後は早口で言い切り、俺はいきなり金髪さんの胸にタッチした。
おおっ、素早くタッチしただけなのに、少し揺れたぞっ。
しかもこの弾力っ。これは極上の――
感動している間に、金髪さんは即座に叫んだ。
「なにすんのようっ」
ブォンッと風切り音がするほどの勢いで頬を張られかけたが……その手がギリギリ頬の手前で止まる。
俺より、本人の方が驚いていた。
「ええっ!? ど、どうしてっ」
「そうよ、遠慮しないで張り倒しちゃって!」
「セクハラ男、許すまじっ」
「リーナ、いつもの勢いはどうしたのっ」
「あたしが代わりに殴ってもいいよ!」
「隊長っ、がんばってっ」
彼女の背後で、部下の少女達が喚いているし、金髪さん(リーナ?)も再度やり直そうとしているが、同じことだった。
やっぱり、ギリギリで手が止まってしまう。
「いやぁ、これはかなりの確率で」
「早速、子作りに向けた第一歩かな? 結構なことだ」
「わっ」
いつの間にか、学園長の藤原が階段を上がってきていた。
背後に多くのポーンやナイトを従えて。
「丈さまっ、丈さまっ」
しかも、由美が俺の腕をやたらひっぱる。そうか、リーナの胸に触ったままだ。
「あ、ごめん」
遅まきながら、慌てて手をどけた。
くそっ、どうせ反撃ないなら、タッチより揉みまってやるべきだったか!
「霧崎丈君、そして他のみんなも……ご苦労様だった」
途中で生徒の死体を見たはずなのに、藤原は落ち着いていた。
俺を見て一つ頷き、背後の部下達に端的に命じる。
「そこの女子生徒の死体を運んでほしい。念のため、解剖に回す」
藤原の宣言と同時に、閉じていたシャッターが一斉に上がりはじめた。
「ねえっ」
金髪さん改めリーナが、俺のそばに来て、囁いた。
「本当にどういうことなの? 私に催眠術でもかけたんじゃないでしょうね?」
「違う。でも説明しても、納得できないかもしれないな」
「それでもいいから説明してよ」
豪勢な長い金髪を背中に払い、碧眼がひどく不安そうに俺を見た。
背が高くてスタイルいいな、しかし。
「悪いがリーナ君。霧崎君にはまだ用事があってね。愁嘆場は他の機会ということで」
途中で藤原が割って入った。
「霧崎君と桜坂君。私も後から行くので、二人は先に、一階の視聴覚室まで来てくれないか。見てほしいものがある」
「今、かなり取り込み中だけど、後でじゃ駄目か?」
「申し訳ないが、人類の未来に関することでね」
藤原が真面目腐って言う。
「……だってさ? またの機会にな」
懸命な瞳を向けるリーナに、俺は肩をすくめてみせた。
まあ、そんな顔するなって。
俺の臣下だったってのは、そう悪いことでもないぞ……保証はしないけど。