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14 利、力、そして理

 

 

 西にカイドゥを退けたバヤンはモンゴリアにて、東のナヤンを滅ぼしたクビライの諮問に答えていた。


 「モンゴリアの民が守旧派というわけではないのです。しかしモンゴルは広がりすぎました。世界が広がり、同族は遠くにある。距離の遠近は接触の多少につながり、それが信頼関係に罅を入れる。『去る者は日にもって疎し』なる漢語、決して侮れません」


 中国の思想は――自然科学も社会科学も人文科学も――その全てが政治の問題へと収斂する。

 だがそれゆえにこそ、「人間」に関する考察そればかりは深く鋭い。


 「世代が替われば親近感は小さくなる。住処を異にすれば生活様式が変わる。互いに違和感を抱くようになる。……そして言葉にならぬ不安を煽るにおいては都合良き言葉がある。『古き良き社会を再び』、『民族の心を取り戻せ』だ。我らとて実態は昔と変わらぬ遊牧生活。上都と大都の周辺千里(400km)四方を動き回りつつ暮らしていると言うのにな」


 大元ウルスの首都は大都である、その言葉は決して間違ってはいないけれど。

 大都・上都を核とした首都圏こそが大カーンの「住所」なのであった。

 その地域をクビライは、昔ながらに……つまりは住居を固定することなく、日を過ごしているのであった。



 「いかにも、我等は変わっておりません。そして変わらぬ我らの象徴とは、草原の民を繋ぐものとは、いまだもってチンギスカーンの偉業です。老人はそれを懐かしみ、子供達は昔語りにせがみます」


 そして語られる、手柄の思い出。


 「『私はどこそこの草原で戦い、馬何十頭をもらった』、『あの一族が豊かになったのは、祖父様が手柄を立てたからだ』と。大カーンと轡を並べ富を分け合った、幸福な記憶です。しかし今や、彼らの族長は年に銀を何十kgと受け取る。わずかふた世代の間に、桁から違ってしまいました」


 「大カーンの地位はあまりに高く遠くなっていないか、その富はいったいどこから出ているのか。……厚かましいのになると、大カーンはどれほどの富を独り占めしているのかと邪推するであろうな?」


 富が溢れればその配分に格差が生まれる。そして過大な経済格差は人を歪める。それは社会の必然である。

 王安石と司馬光の議論が示すように、漢土は200年前すでにそれを経験していた。

 漢人官僚が拡大路線に警鐘を鳴らし続けるのも、必ずしも理由無きことではなかったのだ。

 

 「そして知恵者は、力の差によって磨り潰されはしないかと恐れます。武勇に覚えある者は、富を産めず領地を切り開かぬいま、切り捨てられはしないかと怯えます」



 「言葉を飾ることは無い、バヤンよ。我ら草原の民がそう殊勝なものか。私が年老いたから、そうだな?」


 クビライは齢70を超えていた。みなが「次」を意識し始めていた。

 

 「智者は、勇者は、力ある族長連中は、我こそ大カーンとなり、その莫大なる富を我が物にせんと希求する」


 カイドゥの攻勢にナヤンの叛乱にも、それが影響していなかったとは思えなかった。クビライは強さを見せる必要があった。ナヤンに対し断固たる処置を取った理由である。


 「我ら草原の民は、利を重んずる。ゆえに富を配分しさえすれば政権は磐石である、そう思っていた。世界を、モンゴルをひとつにまとめる仕組みが成りつつある今、それは間違いでは無かったが……ただ金をばらまくだけならば、モンゴリアや西方ウルスにとって、いやこれまで親しかった東方ウルスにとってすら、大元ウルスは金や宋と変わらぬ存在に成り果ててしまう。虐げ富を奪うほうが効率的ととられかねない」


 「まことに。宋を屈服させた偉業を、大カーンの武威を、草原の片隅に住む者にまで理解させねばなりません。大元ウルスには逆立ちしてもかなわないと思わせる、圧倒的な軍事力の差を知らしめる必要もありました」


 「我が同族が、そこまで物分かりの悪い連中だとは思いたくなかったが……チンギスカーンの偉業に代わる、あたらしい物語を作らねばならぬか。だが偉大なる我が祖父は神格化されつつある、それが痛いな」



 いまの経済の建て付け、それが生む富と軍事力。そしてそれを築いたクビライの偉大さ。

 理解させるには時間がかかる。自分の代では難しいかと、クビライは思った。

 次の大カーンは孫のテムル。富と軍事力により、内陸のカイドゥを圧倒することは間違いあるまい。

 そしてクビライの作ったシステムと、クビライの物語というソフトパワーにより、一帯一路は成る。



 「どこに向かうのか、何を重んずるのか。みなが理解、いや、一致できねばいつまでも乱が起こる」


 「人はまとまれぬものかと存じます、わが天なる大カーンよ」


 「我らは世界をひとつにしてしまったのだ。まとまれぬなりに折り合いをつけるため、みなが納得できることわりが無くては……利の配分に躓いた時が、この建て付けの終焉となる」


 いつまで続くことかと、首をひねったクビライ。

 不意にチャブイの、妻の言葉を思い出した。

 1000年続いた王朝は無い、か。

 呑気なものだと思ったが、それぐらいに構えるほうが良いのかもしれない。

 あとのことはあとのこと、子孫の仕事なのだから。

 

 

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