10 高麗の蹉跌
1277年のこと。
茶丘は、部下に告発された金方慶を尋問していた。
容疑は横領だがその実態は政争であることを理解しながら、茶丘はこれを利用した。
高麗王朝には以前より、ひそかに日本と連絡を取り合っている節が見受けられたから。
それが大カーンのご下命にしたがい日本を説得するため……ならば、問題は無い。
「とりあえず従っておいてくれ、機を見て我ら高麗とあなた方日本で手を取り合ってモンゴルに痛い目を見せようでは無いか」と伝えている、という噂もあったが……それであっても問題ない。
実力が無いくせに――あるいは実力が無いゆえにこそ、と言うべきか。末期の宋王朝も同じであった――陰謀ばかりをたくましくし、始終内輪揉めをしては外部勢力を引き込もうとする高麗王朝の行動様式は、茶丘において把握済みであった。
しかしそれゆえにこそ理解できぬのであった。
高麗を相手にする際の通例ではあったが、今回もまた茶丘は彼らの不可解さに頭を抱えていた。
説得にせよ裏切りにせよ、ならば日本遠征では手抜きをしていなければならぬはず。
しかし第一次遠征(文永の役)において高麗軍は目の覚めるような活躍を……いや、鬼気迫る殺戮ぶりを見せていた。
金方慶もまた必死であった。部下を過酷に追い使っていた。
それこそ恨みを抱かれ戦後のいまになって誣告を受けるほどに。
――いや、必ずしも誣告とまでは言い切れぬか――
意図を推測する前に事実に目を向けることで、茶丘は迷妄を切り開いた。
部下の証言どおり金方慶は財を溜め込んでいた。
軍需物資を横流ししていたわけではないので、横領に該ることは無いけれど。
それは軍人気質の金方慶が日頃見せているつましさにはまるでそぐわぬ貯蓄ぶりであった。
老後の蓄え、子孫への遺産……そうした老人らしい欲望とは桁が異なる。
と、なれば。やはり大望があるのだ、あの男には。
70に近い老人である金方慶の不敵なまなざしを思い出し、茶丘は奥歯を噛み締めた。
武将の大望と言えば、まず想定されるのは天下獲りである。
高麗王朝を打倒し、金氏の王朝を樹立する?
頭に浮かんだその考えを、茶丘は即座に否定した。
モンゴルを後ろ盾にする高麗王朝を武力で覆すのは不可能であるから。その計算が立たぬ金方慶ではないことを、付き合いの長い茶丘はよく知っていた。
武力ではなく政治力によってなり代わりを図るのも不可能であった。金方慶では年を取りすぎているから。だいたいそれならばヒンドや茶丘にもっと媚を売っているはずであった。
金方慶は酷烈に働いていた。
日本に残ることを希望していた。
そうして得られるものとは……領地。
日本に領地を得る、それが望みかと思い当たったところで。
しかし茶丘は首をひねっていた。
悪いことではない。漢人世侯もモンゴルの将軍たちも、領地が欲しくて働いているのだ。
だがそうした連中は手柄を挙げるため、軍団を一致団結させるため、部下には気前良く褒賞を振舞うのが通例である。やはり軍団と領地(事実上の)を抱える茶丘はよく知っていた。
が、財を貯め込むとあれば。
その望みは領地を得るにとどまらぬ。「その後」を考えているのだ。
分離独立。
九州を江華島にするつもりだという結論を出すまでに、時間はかからなかった。
ヒンドに度々指摘され矯正してきた表情を……激怒を意味するまなざしの冷えを、頬の痙攣を、この時の茶丘は抑えきれずにいた。
金方慶の志望は彼にとって最も忌むべき振舞いであったから。
モンゴルを押し広げることで合理的効率的普遍的な世界を作り上げることこそ、寄る辺無き二世として生まれ育った洪茶丘が一生の志なのだ。
不合理な政治制度を維持し非効率な旧来の秩序を尊重し地域独自の価値を固守しようとする輩は、抹殺せねばならぬのであった。モンゴルを否定する者にだけはモンゴルの寛容は及ばぬのである。
絶対に許さぬ、茶丘は決意を固めた。
そうと決まれば。
殺してはならぬのである。それは非効率だから。
金方慶を働かせるだけ働かせ、かつその志望は絶対に達成させぬ。それこそが合理的な対応である。
残る問題は、これが高麗王朝全体の意思であるのかそれとも金方慶の独断であるのか、そこだけであった。前者であれば高麗統治の姿勢から考え直していく必要があるから。
見極めのための取調べは酸鼻を極めたと言われている。
クビライの前で、相対にて議論を戦わせる寸前まで話は進んだ。
が、クビライは茶丘の言い分を聞いてはくれなかった。
自分は横領などしていない、潔白であるとのみ言い募り、九州のことすら口にせぬ金方慶の申し分を是とした。
「それは金方慶ひとりの策であろう。高麗王とは連携が取れておらぬ」
単独で謁見したとある日のこと。
クビライからあまりにも簡単に断言されてしまい、茶丘は不安を覚えた。
「お言葉を返す非礼をお許しください、大カーン。しかし……」
「高麗王は屈した。その心は折れている。……チャブイによってな」
茶丘は思わず顔を上げ、真正面からクビライを見詰めてしまっていた。
チャブイ・クトゥク。クビライの正妃である。
幼き頃、そして少年時代。息子のように可愛がってもらった記憶が茶丘にはあったが……それゆえにこそ、解せぬのであった。
モンゴルの女は男と並び馬を駆る。政治軍事経済、そのいずれにも堂々と参画する。
しかしチャブイ・クトゥクにはそういうところがなかった。政治には一切口を出さぬ。遠大な計画を抱くことも無い。
慈愛に満ちた優しき母。
ただただ身内を思い遣り可愛がる女性だったのだ。
……それを別の一面から見るならば。
身内の仲違いが何よりも嫌いであるゆえ、争いがあればその双方に悲しげな目を見せる女性ではあった。
相手は国母である。官僚も政治家も将軍も、チャブイにそんな顔をさせたままというわけにはいかない。クビライ幕下で与党を失ってしまうから。結果、政争も派閥争いも全てが立ち消えになってしまう。
そういう意味では偉大なる政治家と言えなくもないのだが。
ひとの、仮にも一国の王の「心を折る」ような女性とは、茶丘にはとても思えぬのであった。
「はは、それはそういう顔にもなろう。実はな? 先ごろ諸王侯を集めての宴席があった。その場には宋の三宮も高麗王もあったのだが」
宋の三宮……幼帝、皇太后、太皇太后だが。彼らは敗者としてモンゴルの大カーンが主催する酒宴に列席を、つまりは曝し者になることを、強要されたのだ。
それを見たチャブイ・クトゥクが口を開いたのだと言う。
「妾聞自古無千歲之國毋使吾子孫及此則幸矣」
――古来、千年も続いた国家があるという話を私は聞いたことがありません。私たちの子孫がこのような目に遭わぬことを願うばかりです――
あの方らしいと、茶丘の目は細められていた。
正直と言えば正直だが、大カーンの仕打ちに対する批判と取れぬことも無い発言ではないか。しかしそんな政治的配慮など、あの方の頭には無いのだ。
どこまでも優しく、だが国や政治というものが分からぬ方で。それゆえにこそ偉大なる母と呼ぶべき女性。
「高麗王は目に涙を溜めていた。零すまいと必死であった」
それはそうだ。
笑顔でモンゴルの栄光を讃えねばならぬところである。
宋の三宮に同情するのは、モンゴルの功業を否定する行い。そう非難されても文句は言えぬ。
涙を見せるなど、モンゴルの意を承け顔色を伺うのに懸命な高麗王らしくもない。
と、そこに思い当たったところで。茶丘の頭が動き始めた。
なぜ激する?
高麗の王は力こそ無いが、つねに亡国の危機に直面し、政局の舵取りに腐心してきた。
彼らは代々なかなかの政治家であり、宋に同情するほど甘い男では無い。
感情が激したのは、自らの身に迫る何かがあったからだ。
とは言え亡国の悲哀に流す涙は涸れ果てているはず。千年後の子孫など考えても仕方無い。
ならば……鍵はチャブイ様?
そのお優しさにほだされる……ようなタマではないし。
やはり分からず、それゆえ慎ましく口を閉ざす茶丘に、クビライは軽口を叩いていた。
「我らモンゴルは、我らの都合で高麗を支配している。あれには朕が暴君に……桀紂の輩に見えていることであろう」
何を言われますか、堯舜にも並ぶ聖王です……などと良く回る口を、茶丘は持っていなかった。
「面従腹背、それは私も常々高麗王朝について感じていたところではありました」
それにしても分からぬと首をひねった茶丘であったが、クビライの言葉は細大漏らさず聞き取ろうとする幼時からの習慣に光明を見出した。
桀紂……ならば高麗王は周文王ということになるが。ああ、なるほど。高麗王は我らモンゴルの滅びを期待していると。大カーンはそう仰せになりたいのか……と、愁眉を開いたところで。
茶丘はこちらを楽しげに眺めているクビライの視線に気がついた。その視線に向き合うことができた。
「その朕の側にあるのは妲己ではなくチャブイであったと言うわけだ。我らモンゴルの滅びは遠い」
帝王を調子づかせて滅びへと導く女性では無かったということか。
天下国家を理解できぬ、理解しようともせぬ女性ではあったが、それゆえにこそ賢夫人でもある。
そういうこともあるかもしれないという雑感に、いや単純に母とも頼む女性のお手柄に、茶丘の頬もようやく緩みを覚えたのであった。




