4話 一夜の幻
深淵と傀儡で
一日交代にまわしていくつもりです。
気が乗った日は二三回投稿します。
みんなは熊、と言われると
どんな熊を思い浮かべるだろう。
鮭を食われた木彫りの熊?
それともハチミツを食べまくる黄色い彼?
残念ながら今一樹の目の前にいるのは
何をどう頑張っても愛着の一つも湧かない
まがまがしい姿の巨大な熊だった。
暗闇のなかなぜか大きく聞こえる呼吸音、
爛々と光る目、光を軽く反射する牙、
そして、レッドベアーと呼ばれるが
由縁であろう赤い体毛。
この洞窟は、このレッドベアーという魔物の
すみかだったに違いない。
そこにエサとも言えるひ弱で虚弱な
人間がいるのだからやることなんて
一つしかないだろう。
勝てるはずがない。そう思わせる
迫力であった。
熊は唸りながら、じょじょに
一樹との距離を縮めていく。
こうしてはいられないと、一樹も
ゴブリンの人形とブリキの兵隊人形を
用意する。暗闇のなか、
魔力の糸のみが光る。
並行思考の効果で手がある限り
幾つもの傀儡を同時に操作できる一樹。
その力をもってしても不可能だろう。
「ガァフ!」
「うお!?」
腕を降り下ろしてきた。
当たる直前でなんとか避けることが
出来たが、的確に頭を狙ってきた分、
殺意があることがわかる。
そんな簡単に僕の肉は
「やらんぞ!切り裂き人形!」
ゴブリン人形以外の人形すべてが
一斉に襲いかかる。
体に巻き付き、魔力の糸を
複雑にいり組ませる。
今回は人形の動きに伴う体の動きを
自発的に行い、一樹は傀儡魔法の正しい
使い方をようやく理解する。
その間もレッドベアーは一樹の頭蓋を
破壊しようと動き続ける。
「グガァ!」
レッドベアーの攻撃は
視界のすぐそこに来るまで予測が難しい。
だいたいの動きがある程度みえるため
避けることができるが、
本当になにも見えなければ大変な
ことになっていただろう。
斜め上から腕が降り下ろされるが
これもまた一樹はギリギリかわす。
つもりだった。
「ああ゛!?があぁぁぁ!!?」
頬から血が大量にでてくる。
レッドベアーの動きが今回ばかり
少し早く、かわすのが遅れて頬に
4本の爪で思いっきり切られた傷が
できた。だが、それと同時にリップドールが
発動し、レッドベアーの体の表面
ところどころに浅い傷をつけた。
レッドベアーは少々暴れ、
たてに使ったゴブリン人形が
肉片へと成り果てた。
あかん!このままじゃ、
僕がさきに肉片になっておわりや!
何とかして人形で...
人形で?いや、なにやってんねや僕は、
僕の能力はこれだけじゃないんやった!
一樹は改めてステータスを
即座に確認する。レッドベアーは
全身を切られた痛みで怯んでいる。
ハハッ、回復系っぽいやつもあるじゃん。
無詠唱も活用していこう。
今の人形じゃ弱くて歯が立たない。
なら他の魔法で倒すまで!
『幻術 肉体切断現場人形劇』
力で歯が立たないなら精神に、
一樹は自分がもしこんなものを
見たら泣いて逃げ出すだろうという
幻をレッドベアーに押し付ける。
1つの日本人形が嗤いながら
幻にかけられたものの体を一部分づつ
切断していく幻を見せた。
腕を、足を、首を、
幻術は幻聴も聞かすことができる。
グチャ!ドチュ!ベチャ!と、
血と肉が混じり、切断されていく音を
聞かせる。さらにこの幻術を終えたあと、
今度は一樹自身に、一樹が日本人形に
みえるよう幻術を施した。
レッドベアーはもがき苦しむ
日本人形の恐ろしさをみに染み付かせていく。
その恐怖を刻み込むよう、
じっくりと、時間をかけて...
幻術をとき、レッドベアーは
現実に戻ってくる。
だがそのさきに待っていたのは、
日本人形だった。
レッドベアーは一度大声で吠えると
全速力でその場から駆け出し、
逃げていった。
「何とか事なきを得た...痛ッ!
癒しの陣って使えるよな?
よし、使ってみよう。」
これまた無詠唱で癒しの陣を放つ。
一樹が緑の光に覆われ、血が引いていく。
痛みが完全になくなったことを確認すると、
一樹は恐る恐る傷に触れる。
4ヶ所だけ肌の感触がおかしい。
どうやら癒しの陣は血や痛みは
どうにかなっても、傷跡は残るようだ。
ま、いいや。
背中以外の傷なら男の勲章っていうし、
このくらいこの世界で生きていくことを
考えたらまだましなんだろう。
あぁ~さっさと人里に降りたいよぉ~。
今夜のようなことは起きないでほしいと
願う一樹だった。
きっともう一度同じことが起これば、
今度こそは命を落とすだろう。
改めて異世界に一人で来てしまったのだという
実感を得る。
それから数分、
火をつけ直した一樹は今度は
大丈夫だろうと安心し、
夢の中に意識を落とした。