理由と依頼
「嫌です」
即答だった。網屋は何の躊躇いも無く拒否した。
「えぇー、なんでぇー」
「なんでぇー、じゃないですよ。誰だって同じことを言います」
口を尖らせて足をジタバタする塩野。場所は網屋宅。夕飯真っ只中。
「ルツボですよ? ねえ、塩野先生、ルツボって言いましたよね? そんな近所のコンビニ行くみたいな感じで言ったって、ルツボはルツボでしょうが!」
「だって、お仕事なんだもん」
大皿から唐揚げをつまんで拝借し、むぐむぐと咀嚼してから、塩野は網屋に拝んでみせた。
「ねっ! お願い! 一緒についてきて! だってルツボなんだもん! ひとりじゃコワイ!」
「ひとりじゃなくたって怖い!」
「そこをなんとかー」
「何とかって、ええ……?」
仕事帰りだという塩野が突然現れたのが、つい先程。何を言い出すのかと思えばこれだ。
ルツボ。旧愛知県。日本国内にあって日本ではなくなってしまった場所。一言で表すなら『無法地帯』。発砲なんぞ当たり前、ありとあらゆる犯罪が規模の差はあれど満遍なく揃っている、ならず者の天国。
誰だって知っている。普通の人間が行くところではない。
「まあ、とりあえず話だけでも聞きましょうか」
「やっさしい! のんちゃんやさしい! かっこいい! しゅき! だいしゅき!」
「聞くだけですからね!」
網屋と塩野がやいのやいの言い合っているその横で、相田はひたすら唐揚げを貪り食っていた。勿論、付け合せに用意された大量のキャベツ千切りも忘れない。味噌汁はバカでかい汁椀にギリギリまで盛ってある。味噌汁用じゃなくて、多分この器はお雑煮とか、そういうのを盛り付けるやつだ。
黙々と食べる。隣で展開している話は聞かない。こわいから。
「あのね、解体屋のお仕事が来たの。今日。で、なるべく早めにルツボに行きたいんだけど、やっぱさあ、僕ひとりじゃ怖いしさあ〜」
「迎えに来てもらえば良いんじゃないでしょうか」
「そうもいかないのぉ〜! 手が空かないんだって」
「空かないような案件なんですか」
「うん。受けたお仕事、尋問だから。向こうは向こうで、捕まえた人を見張ってないといけないの」
「あ、なるほど。……って納得しちゃったじゃないですかーヤダー!」
唐揚げ食べて即キャベツ。白米。唐揚げ食べて即キャベツ。味噌汁。唐揚げ食べて即キャベツ。白米。レンコンのきんぴら。唐揚げ食べて即キャベツ。味噌汁。
んまいんまい。唐揚げ大好き。竜田揚げも好き。
「できるだけ早い方が良いと思うんだよね。こういうのってさ、やっぱスピード勝負じゃない」
「ですねぇ。まあ、分かります」
「でね、相田君に車で連れてってもらおうと思って」
「ブッホ! ゴッファゴホゴホゴホ」
喉に唐揚げが詰まった。しかも鼻の穴の奥に唐揚げの欠片がへばりついた。痛い。辛い。
「だ、大丈夫ぅ?」
「ゲッホ」
「贔屓目に見ても駄目だと……」
涙目になりながら咳き込み、なんとか奥にへばりついた唐揚げを除去することに成功する。成功したので、へろへろながらも反撃を試みる相田。
「な、なんで、なんで俺、なんすかぁー……」
「どう考えたって相田くんしか居ないじゃない! 他に誰が居ると言うの? お給料出すからぁ〜お願いぃ〜」
それこそ平身低頭、拝み倒す塩野に、二人は眉根を寄せる。
「お給料、出るんスか」
「出るよお! あとね、何かごはん奢るよぉ」
「行きます」
「相田早ッ! 掌返すのはっや!」
「飯が食えるとなっちゃ話は別」
「裏切り者おおおぉぉぉぉおお」
こうして、なし崩し的に相田と網屋は塩野とともにルツボへ向かう羽目になったのだ。