ソクラテスの弁明
徳とは何か、と聞かれれば人は答えられるだろうか。いや、答えられはしないだろう。ソクラテスが政治家、彫刻家、詩人に聞いて回って憎悪を買ったように、徳についても我々は知らないのだ。ソクラテスが述べたように我々は自分で思っている以上に物事を知っているわけではない。むしろ知れば知るほど、自分の無知さがわかる。だが、自分は知っていると思いあがっているものがなんと多いことか!だが、それは多くの人が述べ、嘆いている。私が殊更にここで言及する必要はあるまい。
さて。徳とは何かということである。私はまず徳を二種類に分けたいと思う。積極的徳と消極的徳との二つに。積極的徳というのは自分から進んで善を行うものであり、愛・友情そういった言葉が相応しいものであろう。そして消極的徳というのは、忍耐・不動心そういった類のものを指すものといっていい。ここでは私は消極的徳というものについて少し語りたい。
年をとり、社会に出れば、誰もが理不尽な目にあったりはするだろう。世の中は実に理不尽なもので出来ている。それは今までもそうであったことだし、これからもそうであろう。なるほど社会は随分ましなものにはなったと思う。日本の歴史を紐解いてみれば、社会は発達し、格差とか色々と声高に叫ばれているのだが、それでも公平にはなった。このことを否定するものはいないだろう。だが、それでも社会には色々と問題がある。集団に属していて理不尽な目にあったことのない人間はいないだろう。社会の制度、技術の態様を変えたところで無駄で、人間性それ自体を変えない限り、この理不尽さはなくならないだろう。だから、優れたものは皆集団に属さなくなる。学生の諸君、これから人間集団に入っていくのなら覚悟しておくことだ。
幸福の探求
さて、ソクラテスもまた理不尽な目にあったのだ。彼は裁判にかけられた。この『弁明』を読む限り、彼が死刑に施されるようなことをしたとは思えない。神を信じていないとはとても思えないし、青年を悪徳へと導いたとはとても思えない。だが、彼は結局は毒人参を呑み込むことになったのだ。彼もまた集団の犠牲者だった。だが特筆すべきは、その死に対する態度であった。彼は死というものを受け入れた。理不尽な版権が下されようと、彼はうろたえることは全くといっていいほどなかった。彼にとって死とはなんでもなかった。それはストア派に通じるものがある。実に羨むべき個性ではなかろうか。これほどの境地に達せられる人間が果たして何人いるか。彼が死というものに平然と耐える心構えを持っていたのは、彼が何もこの裁判を受けている時、すなわち彼が70歳の時だが、が初めてではあるまい。ずっと前から彼は死というものに対して超然とする姿勢を身に着けていたことになる。だとすれば賞賛すべき人生、充実した人生をおくったものであるといっていいのではなかろうか。
賢い人間と言うとき、それの定義は人様々である。だが、私は自分もまた将来死ぬ存在であることを常日頃から意識していない人間を断じて賢い人間だとは思わない。死を生の隣に置くことものと置かないもの、その生は何という違いがあるだろうか。我々はやたらと動揺することはなくなる。余分なものを求めて仇な努力をすることはなくなる。充実度は桁違いだ。
世の理不尽というものに耐えるにはどうすれあいいのか。結局それは死を意識することにある。死とは偶然ではない。必然なのだ。事故死、病死、自殺などで、人生を全うした人間に比べ早く冥界へと赴くことがあるだろうが、所詮は時間が早くなったことにしか過ぎない。我々は皆死というものをいずれ迎えなければならないのだ。消極的徳の究極は結局のところこのことであろう。死をできる限り生と重ねること。そして我々の精神から動揺をできる限り追い払うこと。
その意味で我々の人生もまた一つの戦いであるといえるだろう。すなわちこの消極的徳の究極境地を獲得するための戦いであると。死というものを考え、それに耐え、そして人生に反映させる。そこには戦い的な要素が確かにある。そして勝利すれば、相応のものが得られることだろう。だが、実際のところ、それは中々に難しいようだ。多くの人間が死というものから目をそらして生きている。それほどまでにやはり死は遠いもので、耐えがたいものみたいだ。
ア・ロシュフコー
ソクラテスは当然ながらこの戦いにおいて勝利をおさめたものであるのは間違いあるまい。戦争に参加したと時期もあったとはいえ、彼の人生は実に静かなものであった。それは端からみれば、特に無教養なものからみれな、単調で退屈なものであったと考えられることもあるだろう。だが、死を超越した彼の人生はどれほど充実したものであろう。彼は確かに徳を身に着けていた。徳のうち積極的徳を持っていたかどうかはわからないが、徳のもう一つの側面を確固として持っていた。徳とは何か。という質問に関して答えを探すものは、彼の人生を見るが好い。彼の弁明を読み、徳というものに寸毫の意見も湧かないのならば、この質問の探求を諦めるがよい。徳とは何か、というのは学術本を読んで得られる答えではない。研究書を何冊も読んで論文を書くような代物ではないのだ。それは心だ。頭も確かに必要だが、それ以上に必要なのは心だ。一種の創作的な要素もあるのだ。月並みな心による答えは干からびた、無味乾燥な答えにしか過ぎないのだ。
彼は最後毒人参を呑み、その静かな生を閉じた。彼は毒人参を呑むときどのような心境だったか。やはり普通の人参を食べるのと同じような感じで、それをあおいだのだろうか。そうあってほしいものだ。彼が本当に徳の一つの極致に達したのならば、そのことを造作もなくやってのけたことだろう。いや、何でも逃げようとすれば逃げれたらしい。ということはやはり自分から進んで死へと赴いたと考えるのが妥当であろう。自分から進んで死へと赴いたのに、それを躊躇する理由がどこにあろうか。
死は人生においてどのような位置づけを持つのか。ある人間は、死というものは人生の最後の一筆であるとした。臥竜点睛という言葉があるように、その最後の一筆は非常に重要なものであることは言うまでもない。ソクラテスは単に生きるのではなく、よく生きることを志としたという。ならばその「良き生きた」人生の最後の一筆はどのようなものであったか。それはやはり普段と変わらぬ静かなものであったことだろう。だとすれば申し分のない一筆であったことは間違いない。その幸福な人生、正しく芸術、清浄な芸術であった。芸術眼を備えているものは括目するがいい。