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「嫌になったり、は……これから先は、したりするかもしれねぇ。そん時は好きなだけ悩む時間だってあるから、大丈夫だ。それに………」
「……それに?」
「俺は、そん時にはもう一人じゃなくなっているかもだから、愚痴だって何だって、ダチが聞いてくれるハズだ」
思考回路がとてもポジティブだわ!この子!
でも、良いわ。それ。
ある意味で尊敬すら出来るこの子の目が、今はまだ妄想の域であるハズのそれを確信へと変えていたから、私はその芯が通った意志に心が疼くのが分かったわ。
……ハァ…あらあら、私もとんだ子に助けられちゃったみたいね。
「…ッ……んた……みたいな、アンタみたいに地位もなければ、綺麗な顔でもないヤツにっ、そんな人が現れるワケがないでしょっ!?何言ってんの!?バッカじゃない!?」
「そうか?でも、俺は見付けてみせるし、楽しくバカ騒ぎだってしてくれるダチもきっと出会える」
「フンッ、まずはそこの綺麗な顔をした僕の玩具をたらし込むつもり?平凡な容姿の人って、綺麗な容姿の人に惹かれるっていうもんねっ、そいつはオカマだけどっ」
どこか焦った様子で捲し立てる姫を心配そうにじっ、と見つめる王の顔に浮かんでいるのは、何故だか悲壮めいていて。
「ははっ、まぁ、言われた通り俺は普通の顔立ちで、お綺麗とか美形とかイケメンだとか、整った顔立ちとかじゃねぇけど。そんな俺がこのおねーさんに惹かれたのは、確かに綺麗なところだな。
自分の道をまっすぐに突き進もうとする気高い心が眩しくて綺麗で。
周りから否定されてもそれに言い返せる程の自身が溢れてる立ち姿が綺麗で。
うん、そいでもって。
流れで知り合った俺なんかにも普通に会話してくれたってのが一番大きい理由だな。
俺、口を開けば無視されるか殴られるか罵られるかしたことがなかったから。
おねーさん、おねーさんは、綺麗だ。
好きだよ、俺は」
ぼ、ボボボボボボボボッ、ぼっしゅううぅ~!!って感じで顔から頭から、火が噴き出しそうよ!
なに言ってくれちゃってるのこの子!
あんな風にベタ褒めされたのなんて何回もあるけどっ、こっ、こんなにも胸とか頭とか顔とか眉間とか上がりそうになる口の端とか、しっちゃかめっちゃかになりかけたのなんか初めてよ!?
どうしちゃったの私の身体!
「のっぺりとした顔して、口説き台詞は一丁前だな。姫の言葉を肯定してる割には、随分と否定要素入り交じってるじゃねぇか……」
「分かってんなら話は早い。俺はこの街からおねーさんを連れて逃げるつもりだ。どうやら俺は、面食いみたいだし」
「逃げられる気でいるのか?この俺から。笑えない冗談だ」
乙女気分でフィーバーしていた私の腰に手を添えて、旅人の子が力強く抱き寄せてくれてっ、あっわわわわっ。私、こんな扱いされたのなんて初めてだからっ、ど、どう反応したら良いのか分からないわぁ!
「逃げられるさ。お前は、姫を抱きかかえたまま俺とやり合うつもりか?」
「ッ……テメェ……」
……?な、なに?姫を抱えたまま?だって、もしここで殴り合いってコトになったら、流石に姫は地面へおろすんじゃないの?
「王、だっけか?アンタってさ、言動と違って弟想いの良い兄ちゃんだよな」
「なんだ?今度は媚びでも売ろうってか?」
「いやいや、違ぇ違ぇ」
弟想い。
荒っぽい言葉が目立つし、顔付きもワイルド系だから近付くのは遠慮!ってなっちゃうのは分かるけど、それでもこの王は姫を大事に想っている。
それは私にだって感じ取れたわ。
大事に想い過ぎるから、抱きかかえる?
いいえ、それはとんだ勘違いだったわ。
「綺麗な顔をした弟だな。こんな夜の街じゃ、弟が変な奴等に狙われる可能性だって充分あり得るよ。俺にも綺麗な妹がいたし、変質者に遭遇したって泣いていたのも見たことがある。だから、“後から”襲われないように、兄であるアンタが守ってたんだよな?」
「………………」
ギリギリと旅人を睨み付けている王は、唇を痛そうなほどに噛み締めて腕の中の姫をぎゅっ、て強く抱き締めたわ。
「そんでもって、綺麗な男とかを上から縛り付けて玩具扱いしたいってのは、小柄な自分が、体格の良い相手よりも上位に居ることを再認識して安心したいからだろ?」
「………!?……そんなことっ……、な、い……」
「襲われるのは怖い。とても怖いし、なんでも良いから自分が安心出来るものが近くにあって欲しいと思うのは本能に近い」
「テメェに、何がっ……」
王が一歩、旅人へと近付く。
けど、旅人はそれに怯むコトが無くって。
むしろ、どこかないもの強請りをする子供みたいな顔して。
「羨ましいなぁ、俺も、そんだけ大切に想ってくれるような兄が欲しかった」
「「……ッ!?」」
姫と王が、小さく息を呑んだわ。
私も、なんだか他人事に思えなくて、小さくだけど、変に緊張した身体に力を入れたの。
「俺が、喉から手が出そうになるほど望んだ理想まんまの兄弟だ。だから、俺はアンタらとやり合えない」
なんだか苦い顔で顰めっ面をした二人。
さっきまでのしおらしい雰囲気は一切感じさせない満面の笑顔で、旅人は言うわ。
「だから、俺はおねーさんと逃げるから、見逃してくれな!」
そして、また……また!またよ!?
「いやぁああぁぁぁっ!三度目よコレええぇっ――――――……!!」
「じゃあなぁ!いつかまた会えたら、そん時にごめんってするからぁ!」
屋根から地面へと、朝日を受けながら、またダイブしたの。
ふふ、ダイブ……ダイブゥ………。
○
朝日が目に染みるわぁ、私、どんだけ悪運強いのかしら?
いいえ、悪運が強いのは、きっとこの旅人よ。
街の出口には王の部下が一人もいなかったの。
旅人のなにかに、王がきっと動いたのかも……しれないわね。もしかしたら。
「俺はエーキっていうんだ。ホントは英樹っていうんだけど、そっちの方は嫌な思い出しかないから、俺のことはエーキで頼むな」
「私の名前はナディよ……ファミリーネームは無いの」
「俺はビドーだ。会社からの連絡で、旅人に引っ付いて商売の手を広げろってお達しが来やがった。俺の金儲けの為にもお前に引っ付いていくからな!」
結局なんやかんやな感じで、三人旅ってコトで落ち着いたけど。
ホント、このメンバーで山とか超えて行けるのかしら?
行くっていうより、逝くの方が合ってるかも……。
「俺達、名前しかねぇんだな!あははは!いっそのこと、家族でまとめるか!?」
「テメェらが両親で良いや。俺はガキだからな。養ってくれや」
「図々しいことこの上ないじゃない!そ、それにっ、私とエーキがふっ、両親って、それって、ふっ、ふっ、夫婦ってコトにっ…!」
「俺はそれで嬉しいけどなぁ」
「えっ!?」
「惚気は余所でやってくれや」
いきあたりばったりな旅になりそうだけど、とりあえず今日も私は元気です!
……多分が付くわよ?多分。
st.1.end.