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「チッ、マジでコイツ、大丈夫なのかよ……」
それ、私も本当に心から思うわ。
豪快に笑ってるけど、計画性ってものをちゃんと分かってるの?
あぁ、ちょっとでもトキメいた私の心を返してちょうだい。
「ところで、おねーさんはどうするんだ?さっきの男達、おねーさんを調教するだとか言ってたけど……」
ハッ!そう、そうだったわ!
私はこの街の王……夜の王に狙われたんだった。
だったら、私は……私は…………。
「私は、もう街にはいられない」
「ん?旅に出るつもりか?」
「そう、ね」
それしか手は残ってなさそうに思えるわ。
決断は早い方が良いわよね。
だって、もう私には帰る家も、迎えてくれる家族だっていないのだから。
「家は知られているから、荷物なんて取りにいけそうにないし」
「そうか?そうお前が思って、身一つでこの街の出口まで一直線に行くと相手が読んでいる可能性があると俺は踏むぞ」
あら、つなぎのお兄さんったら。そんな策士みたいなコト言ってくれちゃってまぁまぁ。
「ん。だったら、荷物を取りに行くか」
「え?あ、付いて来てくれるの?貴方……」
「当たり前だろ?俺はおねーさんが無事にこの街を出れる所まで送り届けなきゃ、安心出来ねぇし」
「俺も、一応はアンタらに雇われた身だからな。金が回収出来なきゃ、俺が困る」
どこにでもいそうな普通の子達なのに、この醸し出す雰囲気って何かしらね?ホント。
○
私の住んでいたボロい住居の建物を見上げた時には、ふかぁ~く溜息が出たものよ。
部屋に入って大きめのバッグに貴重品とか服とか色々と詰め込んだ後は、さてこの街からどうやって逃げましょうかと頭を悩ませるハメになったわ。
街の出入り口はきっと全部が王の部下達で見張られている筈だし。
「お前んトコの会社のつなぎでも着て、従業員気取りで街を出るってのは?」
「駄目だ。俺らのつなぎにはそれぞれ社員番号が入ってんだ。街に入った人数もリストが出来上がって、管理者の手に渡ってらぁ………つか、出入り口監視出来る組織って、どんだけの大物に喧嘩吹っ掛けたんだ?テメェら」
「ああ、確か。この街の王とかなんとか言ってたな」
そうそう。
だからそのリストを手にしてる管理者ってのも、王の部下達よ、きっと。
ん?どうしたのかしら、このつなぎの子……ぶるぶる震えているように見えるけど。
「なっ、なにっ、なんだってぇっ!?」
「うぉおっ!なんだ、ビックリした!いきなり大声出すなよ、今夜中だぞ?」
「何をノンキなこと言ってんだッ!この街の王に狙われて?んじゃあ、きっとここに俺達がいることだって……」
「ああ、バレバレだ。糞阿呆共が」
部屋の小さなベランダの方から、とぉっても聞きたくなかった声が……あ、ああぁ……まさか、私如きに王自らここに来るなんてっ……。
「アクター会社が、まさか俺の街内で俺を裏切るような真似するとはなぁ……」
姫を相変わらず腕に抱き、軽く頭に頬擦りをしてこっちを睨み付けてきてるぅ!
ぷりぷりって怒ってる姫は、見た目は可愛いクセして背筋を凍らせる程の恐怖を与えて下さってるわぁ!
「チッ、俺はコイツらを追っているのがまさか王サマだなんて知らなかったんだよ。……まぁ、そんなことは王サマにとっちゃ……“ささいなこと”でしかねぇんだよな?」
「その通りだ。分かってんじゃねぇか」
扉の方からも足音がドタドタって聞こえてくるぅ!
いやぁ!きっと周りを囲まれてるわ!もう、逃げ道は閉ざされ………。
「ま、俺はおねーさんが無事ならどうでも良いけど」
そう言って旅人は私をぎゅっ、と抱いて。王とその部下達に包囲されたベランダと玄関の間の壁にある大きめの窓をバタン!って開けて。
「俺はおねーさん連れて逃げるから、お前も何とか俺の後について来てくれなー!」
デジャブを感じる暇なく、私と旅人は夜空をまたダイブするハメになっちゃったってワケよ。
トホホ……トホホじゃないわああぁぁあ!!
「いやあああぁぁあああぁぁぁッ――――――!!」
○
窓の向かいにある建物のベランダの鉄格子とかを伝って屋根の上を逃げ回るのはホントにくたびれる行為だわ。今後は絶対にしないことね、絶対よ。
あまり運動が得意じゃない私は息がもうゼーゼー。
「おい、見てみろよ。あの王とかいう男の部下達、どうやら屋根の上に登るのが怖いみたいだぞ」
「あらっ、ゲホッ…ホントね……フー…フー……、スーツだし、動きにくい、って、いうのも、あるの…かも……」
私達が屋根の上に上がったのを見て、戸惑っているようだったし、やっぱり普段から決められた動きしかしてないと、こういった時に不便よね。
まぁ、私はスタミナ不足が深刻過ぎてこんな疲れ状態になってるけど。
屋根に上がろうとしてた労働役な部下達は、つなぎの子に全員のされちゃってたから、私達を追っては来られないみたい。ああ、そこは安心するわ。
「あいつ、やっぱりスゲェな。もう追いついて来てる」
「え?ああ、つなぎの子ね。そんな早く来れたの……」
「うんにゃ、王って呼ばれてた方の」
「それを早く言いなさいよッ!」
後を振り返り見てみれば、そこには姫を大事そうに抱えながら身軽に屋根から屋根へと飛び移って、こっちに近付いてくる王の姿が……いやぁ!なにあの身体能力!もう人間を超えているんじゃないのかしら!?
ぴょん、っていう軽いノリでの凄い跳躍力で目の前に下り立った王の顔には、これからどういたぶってやろうかっていうサディスチックな笑みが浮かんでいて。
私、涙を堪えるのに必死よ。
「良くも俺から逃げてくれたなぁ……それも、あんな屈辱をたっぷりと与えてくれやがって……」
「逃げるのは当たり前だろ?酷いことをしようとしている相手にのんびりと構って、殴られて、蹴られて。俺はもうそんなのは嫌だし、されるような受け身で弱気で、幸せが来るかもって、みっともなく架空の奇跡を信じて縋る自分も、もう殺した」
え?な、なに?この旅人の子。
なにやら訳ありな感じなのかしら?
「だから逃げるっていうのか?それこそ、みっともないことだと思わないのか?」
「みっともない?そうか、そうだな」
うんうんって頷いて、王の言葉を噛み締めるように聞き入れている旅人は、それからまっすぐに王の瞳を見詰めて、
「そうだ。俺はみっともなくて、惨めったらしくて。最近になって、ようやく自分が可愛いんだって気付いた鈍くさい人間だ」
「ふぅん。そんな自分が嫌になったりしないワケ?アンタ」
王に抱き抱えられていた姫が、見下したような視線で旅人に笑顔を向けたの。
けど、何故かしら?
それが不快に思わないのは。