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「お前達はいつもいつも……どうしてギリギリまで騒ぐんだっ」

 時刻は放課後の夕方5時過ぎ。日中の賑やかさの消えた教室には、俺と三馬鹿だけが残り、夕焼けの広がる外からは運動部の掛け声が聞こえた。


「だってさヒーロー、休み時間は10分もあるんだぜ?」

「そうそう。まー君は頭が硬すぎ。」

「遊ばないと損も損。大損セール爆発だぜ!」

 鳥居、鹿島、馬場が続ける言葉に呆れと憤りを感じる。が、鹿島が「やっべえ!今日の僕冴えてね?草太だけにそうそう……って」とボソリと言ったので煮える頭が冷えた。


「だからって、その短い休み時間で宝探しとかただの馬鹿だろ……」


 あの後、食い下がる三人に結局遊ぶ約束をした俺は放課後に宝探しをするハメとなった。鳥居が喜々としてくれた地図を見つめながら校内を歩く。ポイント1と書かれた場所へと向かい、何があるのかと息ついて辿り着くと、そこには先回りした鹿島が立っていた。……口周りに綿を付け、腰を曲げて白布を纏った出で立ちで。

 腹筋が割れた。


「よくぞ参られた勇者よ。汝に問う……まー君がいま読んでいる小説“飛んで火の中アブラムシ!”に出てくる働き者のリリィは1巻の129Pで、主人公がほかの女の子と仲良くする事に嫉妬からある行動に出た。そのリリィの行動と台詞を答えよ」

 勝手に読むな。


「テーブルの上にある酒瓶を掴むとリリィはフルスイングで主人公にぶち当てた。瓶が割れ、酒を被った主人公にファイアボールを詠唱して一言――――『焼き加減はウェルダンでよろしいですか?』」

 すると、どこからとも無く拍手と歓声があがった。音の方角、鹿島の後ろを覗き込むと馬場がラジカセにスイッチを押していた。地味に凝ってやがる。

 感心してると鹿島が地図にシールを貼り「次は第2ポイントじゃ。励むのじゃぞぉ」とだけ言い残し2人は素早く廊下へと駆け出した。途中すれ違う生徒達が鹿島の恰好に目を剥いていたが、とりあえず一言。廊下は走るな。


 そんな調子で1~10のポイントを全てを廻り、ようやく辿り着いた最終ポイントは音楽室だった。扉を開けると吹奏楽部の皆さんと……予想通り、鳥居が待ち構えていた。


「ふっふっふ、よくぞここまで来たなヒーロー!さあ、我の問いかけに答えよ――――……俺達とお前の関係はなんだ!」

「呼び方は勇者かヒーローのどっちかに統一しとけ、“親友”。さっさと終われ。」

「言質とったぜまー君!」

「俺もそう思ってるぜ正義まさよし!」

 馬鹿だな、と呆れていると突然歓声と共に盛大な演奏が始まった。吹奏楽部の皆さんによる、RPGのボスに勝利した様な曲。その演奏が始まると共に後ろからアホが付くくらいに嬉しそうな鹿島と馬場も現れた。ボイスレコーダーらしき物を片手に持って……。

 それが親友に向けるものか?


 そんな三人に付き合わされた吹奏楽部の方への申し訳無く思っていると、馬鹿2人と同様にアホみたいに照れた鳥居が景品をくれた。御丁寧にラッピングされたクッキーだった。深く息を吐く。


 吹奏楽部の皆さん、本当にすみません。


※※


「でも、よくあそこまで仕込めたな。」

 地図をもう1度見返す。各ポイントは場所によって問いかけだったり謎々だったり、時にはアイテムだったりと様々だった。第2ポイントで木箱、第5ポイントで棒……薄々感づいてはいたが思った通り8ポイント目でバナナが吊るされていた。教室の中で異彩を放つ吊るしバナナ。入室した際に苦笑をくれる他クラスの生徒に頭を下げておく。うちの馬鹿がすみません。

 一方で、これを中休みだけで準備したと思うと、なかなかに手が込んでいるように思えた。呆れはするが、その手際の良さに素直に感心する。


 余談だが、バナナはジャンプするだけで届いた。


「そりゃ前々から計画立ててたからな!3人寄ればもんじゃの知恵ってヤツだぜ!」

「僕は明太子ね」

「オレはチーズな」

 誰が美味い物言えと。


「“文殊の知恵”な。腹が減ったならさっさと帰れ。……よしっ」

 動かしていた手を止め、持っていた櫛を机に置く。


「出来たぞ鹿島」

「さあっすがまー君!ありがとう!!」

 終わりを告げると出来上がった髪に触れながら鹿島が礼をくれた。サイドは編み込んで後ろをシニヨン……詰まるところお団子スタイルだ。


「こんな感じで良かったか?」

「ばっちり!!これでまた店先で宣伝出来るよ!」

「そうか。良かったな」

 鹿島の家は花屋だ。花、兼、雑貨屋。顔立ちのいい鹿島はよく店の手伝い……主に客寄せとして手伝っているらしい。

 いつだったかに何気なく髪に花を差していたら話し掛けてくる客が多く、それ以来こうして髪を作って商品宣伝をしているのだ。色んな髪留めや花を頭に差して、満面の笑みで仕事をする姿に見惚れ、またその髪のアレンジに興味を持つ客が寄るのだと。

 大変だなと言えば、「店の景気が上がるなら楽しい」とまたバカみたいいい笑顔で鹿島は言いのけた。


 髪を結うきっかけは以前に1度だけ、ボサボサになっていた髪を綺麗に纏め直したら、頼まれるようになってしまったのだ。ただの団子から、様々なアレンジを要求をしつつ……。

 もはや店の為なのか自身の趣味なのかは分からないが、楽しそうな鹿島を見て何よりだと思い、仕方ないと今日も編み続ける。


「いい加減、自分でやり方を覚えろよな」

「って言いながら練習してくれてんのはまー君じゃん?」

「お前が覚えれば練習する時間も、髪を結う時間も俺は本が読める」

「リリィの他にアレンジ本が鞄にあったけど?」

 ぐうの音も出ない。息を詰めると鹿島は可笑しそう笑った。

 ……だから勝手に読むな。


「まあまあ、この時間が楽しいならそれでいいじゃん正義!とりあえずお疲れ様って事でお茶にしようぜ!」

 そう言って、机の上に魔法瓶と紙コップが取り出された。手際良くお茶を配り、続けて鞄を漁ると馬場の手にはラッピングされたクッキーが取り出された。俺に渡したクッキーと同じもの。


「ハーブクッキー!皆で食べようぜ!」

 それを見て鳥居と鹿島の歓声があがる。教室に紅茶と菓子のいい香りが広がった。


「また新作か?」

「よく分かったな正義!草太の家から貰ったレモンバームのクッキーだぜ!」

「毎度毎度、お前は器用だな」

「ありがとう。でも一応試作だから搾り袋しか使ってないぜ?」

 そもそもそんな物を使う事など無いのだから、それを凝らずとしてなんというのだろうか?

 馬場は将来パティシエになるらしい。元々食べる事が好きな馬場は、昔から自らの手でメシを作っていたという。その中でも、菓子作りにハマった。美味しくて、華やかで、幼な頃に見た世界の菓子の写真を見て心に決めたのだと。

 本来なら学校に要らない物を持ってきている事を注意しなければいけないのだろうが、既に馬場の菓子作りは周囲に認知済み。担任の先生も以前に馬場から誕生日カップケーキを貰った為、この件には黙認をしている。シュガーフラワーという飾りを使ったケーキらしいが、写真を見た時は凄いの一言に尽きた。

 なので俺も何も言わずご相伴に預かる事に決した。腹は減るものだ。


「でも、これで腹は満たされるな!もんじゃも帰る必要もまったくないぜ!」

「いや帰れよ」

 そう返すと馬場が不満そうな顔をした。何故だ。


「ゆー君はまー君と遊びたいんだよ」

「諦めろ優。ヒーローは忙しいんだ」

 俺と馬場のやり取りを気にすることなく食べ始めていた鹿島と鳥居が笑う。菓子に喜ぶも出来栄えに驚かないのは、3人とも小学からの付き合いだからだ。幼馴染の腐れ縁。たまたまらしいが高校も同じになり、今尚こうして仲良く過ごしている。

 まあ、だからって……。


「3人でそんな頭にする必要は無かったんじゃないか?」

 仲が良いのは分かる。だが、揃って金髪にした意味は分からない。むしろ誰も止めなかったのか?


「いやー、俺が染めたら草と優も俺達も!って言ってくれてな」

「だって、しょー君かっこいいし?」

「リーダーをリスペクトする!それが悪ってもんだ!」

 鹿島と馬場の答えに鳥居が照れた様に頭を搔く。なるほど、そうかそうか……――――で。


「本音は?」

「僕もラプンツェルみたいに三つ編みに花を差したい」

「金髪ってかっけぇよな!」

「うぉい?!」

 嘘だろ、と鳥居は騒ぎ出すが、まあ予想通りだった。

 笑えば犬コロ。落ち込めば捨て犬。唸ればチワワ並の勢いしかない鳥居に、残念だがかっこよさは無い。あるのは愛嬌だけだ。

 クラスの人達が、鳥居達が騒いでも「またやってる」と微笑ましい笑みしか送らず、吹奏楽部が嬉々として遊びにに付き合ってくれたのもそう言った理由だ。さっき謝ったら、鳥居から飴玉を貰ったから等価交換だったと教えてくれた。笑うしかない。


「チビ助はそんなもんだ」

「チビ助言うなヒーロー」

「ならお前もそのあだ名をやめろ」

 1つ睨むと鳥居が目に涙を溜めて頬を膨らましていた。怒ってる時や怒られている時によくこうなる。だからかっこよさが無いのだと言ってやりたかったが、罪悪感が募るだけだけなのでは黙ることにした。馬場と鹿島がソッと菓子と茶を渡す。すまない。


「話は戻すけど、正義は今日忙しいのか?」

「お前らにツッコむ程に忙しい事は無い」

「マジかよまー君。じゃあ忙しくないなら帰らないで遊ぼうぜ!」

 いや、だから帰れよ。

 返答に失敗したと息をつく。すると、静かにクッキーを頬張っていた鳥居が突如不敵な笑みを浮かべた。


「ふっふっふ……分かる、分かるぜヒーロー……お前の忙しい理由は、これだ!」

 バッと取り出された紙。俺と馬鹿の視線が集まるその紙の正体は……。


「進路表!ヒーローの鞄の中に早急って付箋と一緒に入ってたぜ!!」

「だからお前らは人の鞄を勝手に漁るな!」

 文句を言うが鳥居は怯まない。小憎たらしい程に良い笑みを浮かべて、得意顔に鼻を鳴らす口を開けて言い放つ。


「お前の物は俺の物!俺の物は俺の物!――――だからヒーローの悩みは俺の物。いつでも話を聞くぜ?」

 どこの暴君だ、と言おうとして、言う前に詰まった。

 鳥居がそう言うと量の減った紙コップに馬場が茶を足し、ズイとクッキーを差し出して鹿島が笑う。その対応に、なるほどそういう事か、と。帰らないのは、そういう事だったか、と。


「――――別に、ただ本に挟めてたら忘れてただけだ」

 そう返すと3人はなーんだ、と言ったように安堵した。


「しょー君が大事件だ!なーんて言うから深刻なのかと思ったら、そんな理由かよ」

「だって提出物は早めのヒーローがまだ出してなかったんだぜ?そりゃ何かあったかと思うだろ」

「翔司はいっつも早とちり。早く問題解決したがる早とちりチリトリ!」

「チリトリ関係ねぇ!」

 全くだ、と思わず笑う。心配してくれていた三馬鹿が有難くて、笑う俺に気づくと、3人も笑った。


「悪かったな心配させて……――――で、お前達は何になるんだ?」

 参考までに教えてくれないか、と聞くと勢いよく3人の手が上がった。その勢いにまた笑ってとりあえず鹿島から指すと、咳払い1つ、握り拳を固めて鹿島が口を開く。


「僕は家を継ぐ!……とは言っても、やってみたい事もあるし、もっとお店を大きくしたいから専門に行くかな?アレンジメントの資格とか取れば幅が広がるし、もっと色んな仕事を任せてもらいたい。勉強に時間使えるのも学生のうちだからね」


「だよな、オレもとりあえず学校に行く!んで、学校出たら海外に行ってみたい!!

 バイトして金貯めて、テレビでしか観れなかったお菓子に会うんだ!そこで本物を学んで世界一美味しい菓子が食べれて作れる人に、オレはなる!」

 とにかく花が好きで家が大好きな鹿島と、自分が食べる事も考えながらなりたいと熱く願う馬場らしい答え。見目に利のある鹿島。体格に優れた馬場。

 どちらも違う道が溢れていそうなのに、揺るぎなく語る言葉は真っ直ぐでとても気持ちのいい答えだった。

 2人の言葉を聞いて、「最後は俺だな!」と勢いこんで鳥居が立ちあがる。


「俺様はすげぇ奴になる!!すげぇ学校に入ってすげぇ奴になって、全員がすげぇって言うような――――「ありがとう鹿島、馬場。参考にする」――――聞けよ!!」

 誰が聞くか馬鹿野郎。

 トリを飾ろうとした鳥居に冷たい目と深いため息を送っておく。先程までの感動を返して欲しい。


「お前よくそれで俺の悩みを聞こうとしたな……」

「うるせぇ!いいから聞け!!」

 ダンッと椅子に片脚を乗せると鳥居は吠えた。


「俺は……俺様はすげぇ奴になるんだ!正義、お前みたいなヒーローにな!」

「やっぱりお前は馬鹿だ」

 もう1度、深い息をついて俺の進路表を奪い取る。


「俺はそんな凄い奴じゃない」

「それはお前の評価だろヒーロー」

「居眠り殴って勝手に説教を始めただけだ。俺はヒーローじゃない」

「それこそ、決めるのはお前じゃない!呼び名も、お前をどう思おうと俺様の自由だ!ヒーローを呼ぶのはいつだって力のない脇役だからな!」

 あー言えばこう言う。そんなやり取りをしていれば鹿島が可笑しそうに笑った。


「諦めなまー君」

「そうだぜ正義。こうなると翔司は引かないぜ」

 次いで馬場も笑うと、どうだと言わんばかりに鳥居は再び胸を張った。納得はいかないが呆れて、俺も笑うしかなかった。


「それで、ヒーローは何になるんだ?」


 興味津々と、幼いガキのように笑って鳥居が俺を見つめた。合わせて鹿島と馬場の目も集まる。……なりたいもの、ねぇ。


「俺は――――」

 と、口を開きかけてポケットから小さくバイブ音が鳴った。見ると母からのメールだった。電源を切り忘れていた事に叱咤し、中を開けば母らしい簡素な内容が書かれていた。


『件名:【急募】衛生兵

 本文:早期帰宅者希望

   【支給物資】

    ・玉子

   【報酬】

    ・小遣い(月の半分)

   【罰則】

    ・生きる事    』



「……すまん、急用が出来た」



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