プロローグ
週三回の更新を行います。月、水、金の予定です。
既知事項としての時間表現について
本作品においては現実世界と同様の一月~一二月、二四時間制を採用しています。これはたとえば「一五月」「三〇時」などの概念を作っても、読者に実感がわかず、無意味な混乱を招くだけだと判断したからです。
軍組織について
この世界における国家の平均的な軍組織は国軍の麾下に軍団、以下順に師団、連隊、大隊、中隊、小隊という組織で構成されており、それぞれが凡そ三個編成で上位組織に属している。独立して行動できる最小単位は師団であり、定員は約一万名。そのうち戦闘員は八割で、残り二割は指令部、補給部隊、医療班、観測班、伝令等、間接部門を担っており、戦闘員の約三割が戦死・戦傷により離脱した時点で「壊滅」とみなされている。また、軍将校とは小隊長から軍団長まで、および司令部の参謀を指し、指揮官として一般の兵士とは区別された存在になっている。
街外れ、川のほとりに夕陽が差した。その川にかかっている橋をさまざまな職業の人々が通り過ぎた。野良仕事を終えた農夫、少しでも商売へと結び付けたい行商人、資材を運ぶ馬車、それらに交じって粗末な革製の甲冑を身に着けた兵士たちも歩いている。皆が今日を生きることに精いっぱいだった。
そんな中、橋のたもとから少しだけ河原へ向いた斜面に腰かけている少女が一人、途方に暮れた様子で、ただ川面を見つめていた。歳のころは一四、五歳ぐらいに見える。
夕陽を浴びて深紅に染まったあかがね色の髪は目立ったが、それとて決して希少という色合いではない。くたびれた身なりはどこかの女工か、下女のようにも見えた。傍らには黒パンが一個、紙袋に半ば収まって置いてある。
彼女は深いため息をついた。ちらっと橋の下に目を向けて絶望的な表情を示した。ポケットから銅貨を出したが、それはたった数枚しかなかった。
黒パンの袋を片手に、彼女は無言で立ち上がった。今日もまた橋の下で寒さに震えながら眠るしかないのだろうか。折りしも天候は徐々に崩れつつあり、あたり一面は薄闇に包まれ始めていた。呼応するかのように、十一月の寒風が一段と強く吹き、彼女の心を鋭くえぐった。
そのときだった。突然少女は体をくの字に曲げ、胸元を両手で押さえて激しく咳き込んだ。さらに間髪を入れず、大量の喀血が続いた。手から離れたパンが河原の斜面を転がり、川に落ちていった。
こらえ切れず、少女はその場にうずくまった。なおも咳と喀血は止まらない。意識が遠くなって、地に突っ伏した瞬間、歯止めがなくなり、少女は斜面を転がり落ちた。
だが、通行人にそれを気にする者はいなかった。ローライシュタイン大公国、南部国境付近の一地方都市タンデスベルクにそんな事例は山ほどあった。断続的に続く戦乱と身分格差がこの国の将来に深刻な暗雲を投げかけていた。
川に落ちる一歩手前の地面にうつ伏せに倒れた彼女の体からは生命の息吹が急速に失われつつあった。また、激しい喀血が連続して起き、血だまりが少女の周囲にできた。
「うっ・・・アウウッ・・・」
血のいやな臭いが彼女の鼻腔を容赦なく刺激した。
そして、まるでそれを待っていたかのごとく非情の雨が降り注ぎ始めた。ボロ雑巾のようになって彼女は川原に横たわり、最期のときを迎えようとしていた。
「・・わたし・・死ぬんだ・・・」
「さようなら・・・みんな・・」
それが意識を失う直前、最後のつぶやきだった。