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苦手な方はご注意ください。

ブレイク&クラフト・ファンタジーβ版

 青い空が広がる。

 大地は緑の平原が広がり、時折吹く風が生い茂る草を波立たせた。

 牧歌的な光景が広がっている。

 その中を土煙を巻き上げながら、多数の馬が駆けていく。どの馬にも鞍があり人を乗せていた。先頭を行くのは白馬に乗った少女。その後を続く馬には男たちが乗っている。皆、武器を手にしていた。

 人にも馬にも甲冑が装備されており、特に先頭を行く騎馬も少女も、金の装飾が施された純白の甲冑を装備していた。否、純白の装備はどれも血と泥に塗れている。

 彼女が引き連れているように見えた男たちは、追っていたのだ。

 恐怖からか過呼吸気味になる少女。

 彼女の目の前に二つの影が飛び込む。よく見れば端正な顔立ちをした少年と、絶世の美女といっても過言ではない女性の二人だ。

 少女は驚くと同時に馬が嘶き、前足が空を切る。

 耐え切れず馬から落ちるが、光を放つと物理法則を無視した動きで態勢を立て直し着地。すぐに振り返ると、馬の尻に矢が突き刺さっていた。それだけではない。今の衝撃で馬の足が折れ、二度と立てないでいる。

 怒号に追い立てられるように、少女は走りだす。無駄夢中で地面を転がるように駆け抜け、目の前の二人にすがるように駆け寄った。

 それと同時に周囲を騎馬兵が囲う。

 男たちは等間隔で三人に迫った。

 男たちは絶世の美女に気づくと、目の色を変える。

「おい、小僧。二人を差し出せば命だけは助けてやる」

 ひとりの男が言い終わるより先に、別の男が馬から降りた。

 刹那、腹部を貫かれた少年が、少女の視界に飛び込む。死角から一息で飛び込み、ロングソードで腹部を貫いたのだ。

 さらに男は手首をひねる。ロングソードが回転、中の内臓がずたずたに引き裂かれたことは、容易に想像が出来た。

 少年は死んだ。そう誰しもが思う。ただひとりを除いて。

 少女は座り込んでしまう。

 巻き込んでしまった罪悪感。自分に待ち受ける結末を予想して絶句して、動けなくなってしまう。

 そこで驚愕の声が響く。虚ろな目をした少女が目にしたのは、黒い塊であった。次の瞬間、黒い塊の表面から突起物が無数に飛び出し、全方位にそれが伸びた。

 人と馬の断末魔。血飛沫が舞い、地面を肉と金属が打つ。

 少女に迫っていた絶望はどこかへと消えてしまう。

 否、新たな脅威を前に少女は死を覚悟する。

「神をも殺す粘体怪物(エンシェントウーズ)






 西暦二二九九年。

 そのゲームは産声をあげた。

 ゲームの名前はブレイク&クラフト・ファンタジー。数あるヴァーチャルリアリティマッシブリーマルチプレイヤーオンラインロールプレイングゲーム。VRMMO-RPGの中で、絶大な人気を得ていた。

 広大な世界。自由度の高いキャラメイク。そして、ゲームの世界を破壊し創造出来るなどの要素が人気に拍車をかけていた。

 それから十七年。ブレイク&クラフト・ファンタジーは幾度も大型アップデートを繰り返し、ついに世界的な社会現象になるに至る。

 世界が変わったその日は、ゲームの大型アップデートの日だった。






 薄暗い空間の中。二人の影が駆け抜けていく。

 巨大な縦穴に石の道が網目に走り、最下層へと降りていくダンジョン。

 道に壁はなく、落ちようと思えば落ちることが可能だ。

 適正レベルは百以上を要求される。ダンジョンで言う雑魚モンスター。それすら並のボスを凌駕する強さだ。

 時折、現れるモンスターは、二人が通り過ぎる頃には霧が晴れるように消え、ドロップした光の玉や宝箱は後ろの人物が触れることで回収されていった。

「レアアイテムをおいてけ」

 道中、敵の猛攻に遭い、前を行く人物が盾を構え攻撃を防ぐ。その間、後ろの人物は何かを唱えると、光が走り敵を穿つ。

 前を行くのは銀色の全身甲冑(フルプレートアーマー)を身に纏った戦士。

 右手には松明。左手には戦士を覆うことの出来るほど大き目の盾だ。腰には飾り気のないロングソード。

 途中、道が崩れ落ち行き止まりとなっていた。

「ワールドブレイカーの仕業か? さっきから不幸だな」

 戦士は後ろを振り返る。

「おまけに爆発湧きかよ」

 背後から咆哮が多数。多くのモンスターが流れ込んで来ていた。

 どれもゴブリンだが、百レベルを超えるダンジョン。なだれ込まれれば危機的な状況になるのは容易に想像が出来た。

「あ、しかもまだ続いてる。最悪だな。おのれイモータルワイバーン!」

 戦士は戦っていられないと判断。逃げを選択する。

「スア。魂魄固有技能(ソウルスキル)の力の波動(フォースストリーム)をお願い」

 銀色の戦士は懐から茶色のブロックを取り出す。大きさは戦士の頭部と同じくらいだ。彼は通路の向こう側へと投げると、空間にブロックを置いて、橋を渡すようにつなげた。

 戦士は確認のため、踏んでみる。それは土であった。

 背後でスアが手をかざす。ゴブリンたちが流れこむと同時に、白い光の輪が彼女の足元から昇る。

 振り返り、女性の手を取る戦士。先へ行かせると、通路に手のひらに収まる四角い箱を取り付ける。

 甲高い音ともに小さな赤い光が明滅し始めた。

 直後にまた咆哮。戦士が視線を向けると第二波が来ていたのである。

「いくぞ」

 直後に背後で爆発。追い立てていたモンスターたちは足止めを喰らう。

 戦士の後ろをついていくのは絶世の美女。黒く長い髪は腰まであり、艶やかに流れていた。走るたびに黒い光の粒をこぼしていく。真紅の虹彩は紅玉を思わせ、瞳孔は縦に細長い。豊かな双丘が服を押し上げており、歩くたびに大きく揺れていた。腰は折れてしまいそうなほど細く、脚をあげる度にお尻の魅惑的な肉付きが動く。

 戦士は振り返って顔をしばらく見入ってしまう。思い出したように言葉をかける。

「スア、残りMPは?」

「七割だ」

「結構消費したな」

 スアは一見衣服に見える装備をしていた。

 ドラゴンの黒い鱗で出来た服は肌にびっちりとくっつき、女性らしい肉付きを浮き上がらせている。豊満な胸を更に強調させるかのように、胸の上と下からベルト巻かれ、金の金具で止めていた。金の装飾をした白い上着の袖は長く、裾先をめくりドラゴンの黒い革手袋をした手が覗く。腰には白い直垂のようなスカートをつけており、足元まで裾は伸びていた。前に二つの切れ込みがあり、そこから黒い装備越しの太腿が、姿を見せている。腿を守るように漆黒の金属が左右に設えており、足には虹の光沢を放つ白い金属製の長靴。手には黒いねじれた木の杖。

 二人は最下層へと辿り着く。巨大な扉の前につくと、一旦動きを止めた。

 銀色の戦士が準備をするような挙動となる。それを終えると次はスアに近づいて、光の板状の端末を開く。何度か指を動かして端末内の情報をスクロールしていって頷いた。

 その後、女性の体を舐めるように上から下。下から上まで眺める。

 戦士は生唾を飲み込む。

「やっぱり、いい体してるよな」

 独り言をつぶやく戦士。ボンッキュッボンっと女性の前でセクハラまがいの発言をするが、反応を示さない。

 彼女はNPC。ノンプレイヤーキャラクターと呼ばれる存在だ。通称アクセサリーとも呼ばれている。

 戦士は咳払いをすると頷く。

「よしボスだな。スア頼むよ」

 スアは頷くだけだ。それでも戦士は満足したように頷き返す。そして扉に近づくと、光の球体が現れた。戦士はそこに迷いなく手を置く。

 地響きと共に扉が動き始める。

 扉が開らき始めると、二人は左右に別れて物陰に隠れた。直後、爆炎が扉の奥から吹き出し、先程まで二人のいた場所を焦がす。

 不意打ちをやり過ごすためだった。

 難易度が上がれば上がるほど、最下層にいるダンジョンボスは開幕即、不意打ちを行ってくる。

 戦士はそれを熟知しており、また不意打ちで酷い目に何度も遭っていた。

 アイテムを全てロストした状態での、ダンジョンボスとの戦闘は、彼にとって強いトラウマとなっている。

「よし。レアボスと見た」

 銀色の戦士は目的のボスだと飛び込む。スアも続く。

 直後に戦士は呻く。

 予想したレアボスとは違うモノだったようだ。

 中にはドーム状の空間が広がっており、そこにボスが一体。

 四つの腕を持つ鬼のようなモンスター。下顎から伸びる牙は四本。衣服は腰にしかなく、後は盛り上がった筋肉という鎧のみ。

 ボスの武器は、上の両腕が金棒を二本。下の右腕に七支刀、下の左腕に金槌を持っていた。炎を吹き上がらせていたのは、金槌である。

「今日はこんなんばっか……俺の運じゃ、こんなもんだよなぁ……」

 戦士は弓を取り出し、矢を番えて遠距離から攻撃して敵の出方を伺う。

 その間、スアはボスから距離を取り魔法攻撃を開始していく。それと同時に戦士は前進。武器をロングソードに持ち替えて、ボスに攻撃を加えていく。

 もちろん反撃もしてくるが、全てが盾に遮られていった。

 雷を纏う七支刀。地面に赤い軌跡が走る。

 銀色の戦士はそれを視認すると、左腕を伸ばす。盾の中で光が浮かぶ。数珠のようなモノが浮かび上がる。光の玉が線で結ばれ前腕の中を回った。

 そのひとつに迷いなく触れると、銀色の戦士は光を纏う。

 ――ル・雷耐性上昇(プロテクトサンダー)――

 魔法のポップが浮き上がる。光の輪が戦士の足元から頭上にかけて昇っていく。それを確認した戦士は土のブロックを取り出した。

 ボスが動き始める。

 銀色の戦士は土のブロックで壁を作ると、盾を構える。視界の端で動いているスアを確認。

 直後に土の壁が吹き飛び、雷光が銀色の戦士を襲う。

 雷を受けながら戦士は、自身のダメージを確認。体力(HP)ゲージには余裕があった。その他のデバフも見受けられない。

 次に戦士は剣を構えて光の数珠を浮かび上がらせた。左腕と同じくひとつの球体を選択。

 ――ズ・疾風突き――

 銀色の戦士は風を纏うと、ボスの懐に一息で飛び込む。風を纏った刺突を繰り出しボスに初めてダメージを与える。

「まだまだ!」

 叫ぶと、さらに剣に浮かびあがった数珠つなぎのひとつに触れた。

 ――ゴ・連撃――

 高速での連撃。ボスは大きくよろめく。

 戦士の視界の端が光る。見ると杖を構えたスアが魔法陣を展開。

 ――ナ・影の(シャドウエッジ)――

 銀色の戦士以上のダメージがボスに入る。

 ボスの体力ゲージが大きく削れた。それだけではない。黒い裂傷の痕が残り、動く度に持続ダメージが入っていく。

 ボスの標的がスアへと動く。

「こっち向けや!」

 戦士は黒い裂傷を集中に攻撃。

 影の刃による裂傷は、その部分の耐久を弱点化させる効果がある。つまり、そこを集中的に攻撃すればボスの目標は戦士へと切り替わるのだ。

 ボスの挙動が大きく変わった。それまでスアに向かっていた足は、戦士の向きへと変わる。

 そしてまたも強烈な魔法攻撃がボスを襲う。目標が切り替わるごとに、敵の弱体化した部位に攻撃をして引き戻す。

 それを繰り返しているうちに、ボスの体力ゲージは残り四割を切った。

 咆哮をあげながら両の金棒を振り上げた。

「それは不味いって!」

 戦士は叫ぶと盾を背に担ぐ。回れ右して全力で走り出す。彼の背後を金棒の連打が降り注いで行く。地面が砕かれ、フィールドが変形していく。足元が一気に悪くなり、走るのがおぼつかなくなる。

「スア! ン級のデバフ頼む」

 戦士の叫び声に頷くと、スアは杖を構える。

 ――ン・麻痺の弾丸(パララサスバレット)――

 ――ン・猛毒の弾丸(ボイズんバレット)――

 ――ン・気絶の弾丸(スタンバレット)――

 ――ン・睡眠の弾丸(スリープバレット)――

 ――ン・鈍足の弾丸(スローバレット)――

 色とりどり光の弾丸がボスの身を撃つ。

 戦士は内心「やった」と思う。

 しかし、どれもが効果を示さない。その事に戦士は呻いた。

「嘘でしょ。もしかして、特異個体?! しかも状態異常耐性特化タイプかよ」

 スアはなおも繰り返すが、魔力(MP)のゲージが大幅に減っていく。

 そのうちのひとつ鈍足(スロー)の効果が発動し、ボスの動きが緩慢になった。

 デバフ魔法の連続が、標的を戦士からスアへと変わる。ゆっくりであるが距離を詰めていく。彼女もそのまま追いつめられるわけではなく。色々な魔法攻撃を行う。

 戦士はボスの元まで戻ろうとするが、亀裂の走ったフィールドが邪魔をする。飛んだり跳ねたりして移動するが、大きな亀裂に遭遇してつんのめった。

 灰色のブロックを取り出す。やはり大きさは、先ほどの土のブロックと同じだ。

 それは石のブロックである。土より頑丈なのだが、戦士の貧乏性が使うのを渋らせていたである。

 それを取り出すとそれを地面に敷き詰めて橋をかけ、ところどころに壁を作っていく。そのうち幾つかに、手のひらに収まる四角いモノ――爆弾を壁に取り付けていく。

 設置爆弾は高い音を鳴らし、赤く明滅する。

 その間にスアは壁際まで追い込まれてしまう。

「こっちを見ろ!」

 銀色の戦士は懐から火のついた金属製の球体を投げる。ボスの足元に転がると、それが大爆発を起こす。

 スアは爆発するより先に、魔法陣を展開してやり過ごす。だが、ボスはそれが叶わずモロに受けてしまう。

 戦士はロングソードをしまい、どこからかライフルを取り出し連射する。もちろん狙いは影の刃による裂傷箇所。

 ボスはりの咆哮をあげて振り返り、鈍足のまま戦士の元へと移動する。

「スア、こっちに回り込め」

 命令を出すと、女性は走りだし戦士が飛び越えられなかった亀裂を安々と跳躍して戦士の元へと来る。

 銀色の戦士はボスとの距離を測りながら、シャベルに持ち換えた。

 魔法を発動し、動きが早くなる。そのまま地面を掘り返し、底面に爆弾を設置。上に網を張り土のブロックを乗せていく。

 ボスは突如、速度をあげる。

「早いって」

 鈍足の効果が切れたのだ。石の壁を踏み潰すと爆発が起こった。ボスの体力ゲージはさらに減る。それだけではない。

 土煙が舞い、視界が悪くなっていく。

 それで見失うようなボスではない。だが、ボスが見つけられるのは戦士とスアだけである。

 爆発を起こしながら突き進み、突如その身長を半分にまで減らす。

 否、落とし穴に落ちていた。

 さらに底面の爆弾が炸裂し、ダメージが続く。

 戦士は疾風突きを放ち、一息にボスに肉薄。影の刃の裂傷に刺突を見舞う。その後ろからスアは魔法攻撃を放ってダメージを稼いでいく。

 刺突した剣に先ほどとは違う赤い輪が現れる。

 これは特殊な行動を起こさないと発動出来ないスキルであった。

 今のように敵に突き刺した状態や、地面に剣を突き刺したりなど、特殊な行動をした時でないと発動出来ないのだ。

「これでも喰らいやがれ!」

 ――ナ・爆発剣(エクスプロージョン)――

 光が迸ると、大爆発が起こる。ボスの体力ゲージは一気にゼロになった。

 戦士は飛び退き、スアの前に立つと、背中の盾をとって構える。

 ボスの体に光の亀裂が走り、爆発と共に光の粒へとなって消える。

 光が止むと宝箱と光の球体が現れた。銀色の戦士はスアに向き直ると手を上げて見せる。彼女はそれに応じるように手を上げてハイタッチを交わす。

 宝箱は言うまでもなくアイテムなどが入ったモノだ。光の球体はコアと呼ばれるモノだ。経験値だったり、特殊な効果を持つモノだったりする。

 経験値はもちろんボスを倒すことで自動的に入るが、それとは別に武器や防具、NPC(アクセサリー)に使うことが可能だった。

「なんかレアコアだったりするといいんだけど」

 戦士の視界に表示されたのは経験値の文字だけだ。

 大きな声をあげて、フルヘルムを取り外す。中からは眉目秀麗な少年が顔を覗かせた。

 心底落胆したという表情を見せている。

「ないわー。踏んだり蹴ったりだな」

 そして板状の光の端末を呼び出すと、自身のステータスを表示。

 経験値の欄がほぼ真っ赤に染まっていた。

「お、レベルマックスに出来るよこれ。ありがとうスア」

「おめでとう」

 スアは簡単な言葉を返す。それは彼女がNPCである証拠。戦士はそんなことを気にせず言葉をかけ、感謝を口にする。

 戦士は早速と自身に使う。

 ――おめでとう。卵かけご飯はレベル百二十になりました――

 スアは拍手をして、再びおめでとうと言葉を送る。

 卵かけご飯はスアがNPC(アクセサリー)だとわかっていても「ありがとう」と笑って返す。

 卵かけご飯は転移魔法を発動して、その場から飛ぶ。




 ――現在の日本のアカウント、アクティブ率はで九割を超えました――




 銀色の戦士の視界の端にそんな文字が浮かび上がる。それと同時に周囲で歓声があがった。

 今回の大型アップデートは、アクティブ率に応じて、レアリティの高いモノが全プレイヤーに配られるのだ。

「大陸の方は七割だな」

「やっぱり内乱は本当なのだろうか」

 そんな会話に卵かけご飯は唸る。

 彼は街の中を歩いて行く。その風景は二十一世紀頃にあった秋葉原電気街通りである。

 秋葉原には多種多様な種族などが出歩いて、買い物などを楽しんでいた。大型アップデートということもあり、普段は車などが走っている道路は歩行者天国となり、露天が開かれていた。

 現在彼は、とあるギルドタウンに来ていた。名は魔都東京。

 卵かけご飯は町並みを眺めて、溜息をつく。

「本当に凄い作りだよな」

 そのギルドはとあるイベントにより、広大な土地を手に入れたのだが、誰かの「二十一世紀の東京を作ろうぜ」の一言により、大暴走。結果東京二十三区をほぼ再現したのである。

 ほぼと言うのは、作る人間のこだわりなどがあり、一部脚色されていた。例えば、秋葉原で言うなら、当時の新旧ラジオ会館が二つあったりする。

 古いアナログチックなラジオ会館は人気があり、ギルドタウンの観光名所のひとつだ。

 そのギルドには卵かけご飯も、別キャラで参加しており暴走に加担した側の人間である。

 ブレイク&クラフト・ファンタジー。略称ブレクラジー。

 そのゲームの特色は、プレイヤーが破壊か創造で世界をいじれる点だろう。

 戦闘中に壁を作ったり、壁を壊してダンジョンを越えたり、罠を設置したり、果ては広大なマップに街を作ることも可能だ。

 卵かけご飯は視線を上に向けて、当時の電車を見て感嘆の声を漏らす。

「やっぱりこっちの電車の方が、レトロでいいな」

 頷きながら「音がいい」と卵かけご飯は言う。

 彼は、後ろからついてくるスアを見やる。先ほどのダンジョンとはうって変わって、白い外套で身を覆い隠し、フードを深く被っていた。

 まるで何かから隠すようにも見受けられる。しかし、周囲を見渡せば同じような格好をしたキャラも多いため、周囲も二人には気を留めなかった。

 ふと、卵かけご飯は光の端末を呼び出す。

「あ、いっけね。そろそろアプデだ。急がないと」

 再び転移し、二十一世紀当時高級マンションと呼ばれた一室に移動している。

 卵かけご飯は質素な自室に駆け込み、アイテムや装備の整理を手早く済ませた。

「いくよ。スア」

「わかった」

 魔都東京は城壁で周囲を覆われていた。

 ゲームの世界の空は夜空となっている。

 高さは百メートル近くある。建築に関わったのでよく知っている光景だ。その外は草原が広がっており。卵かけご飯はあてどもなく進み行く。

「お、ヤマト?」

「その声は翁か」

 卵かけご飯が声のする方へと顔を向けると、ひとりの老人が草原に座っていた。

 翁と呼ばれ、ブレクラジーではちょっとした有名なプレイヤーである。

 数年前までは冒険をしていた人なのであるが、病気を患ってからは冒険から身を引き、こうしてプレイヤーを捕まえては話し込むのが日常となっていた。

「久しぶりだなヤマト」

「そっちの名前は――まあいいか」

 ヤマトとは卵かけご飯のアカウント名だ。そちらの方で名を呼ぶのはマナー違反であるが、周囲に人はいない。

 卵かけご飯は、念のため会話が漏れないように魔法を唱えた。

「アップデートを待つんだろ? どうだ老いぼれの話でも聞かないか?」

「いいですね」

 卵かけご飯は腰を降ろすと、星空を見上げる。

「そろそろ終末医療になりそうだ」

 そんな話題に卵かけご飯は胸が高鳴った。他人事ではないからだ。

「お前も、後どれくらいだ?」

「三年ですね。それだけあれば覚悟が出来そうです」

「強がるな。怖いな。俺も怖い」

 卵かけご飯は驚き、翁を覗き込む。

「本当ですか?」

「当たり前だろ。俺は老衰して死にたかったんだ。妻に看取られながら布団の上で死にたい。それがなんだって――」

 ぐちぐちと文句を言う言葉に覇気があり、終末医療に入る前の老人とは思えないほどだ。

「でも、美人の看護師がいるかもしれませんか」

「ばっかお前。俺の面倒を見るのロボットだぞ。あんな機械仕掛けに看取られたくない」

「ロボットで終末医療って……それ、すごい金持ちじゃないですか」

 へへっと笑う翁。

「まあ、これでも政治に携わっていてね」

 卵かけご飯は驚き目を見開く。

「そんなに驚くな。まあ、おかげでこんなに面白い世界に出会うのに遅れちまった。ゲームは楽しいなヤマト。お前もせめてこっちは精一杯楽しむんだぞ」

「わかってますよ」

 そんな二人の背後でスアはぼんやりと空を見上げる。空の彼方から光が伝う。

「お、来たか」

「来ましたね」

「これも見納めか」

 そんな感慨深い声に、ヤマトも内心そう思った。自身もこの大型アップデートを見れるのは最後かもしれないと。

 空と連動するように、大地にも光が伝う。

「来たぞ来たぞ来たぞ」

 テンションがあがる翁に対して、ヤマトはどこか空虚な気分となった。もちろんワクワクしている。それでも、これが最後かもしれない。

 そう考えると今までの積み重ねが、まるで色褪せて見える。

 なんのためにやっていたんだろう。

「ヤマト」

 ヤマトが翁に向き直る。

 光はもうすぐそこまで来ていた。

「楽しかったな」

 優しい声音に、空虚だったモノに色が戻り始める。ヤマトは無意識に笑う。

「ええ、でもきっとこれからも」

「俺の分も楽しんでくれ」

「はい」

 光が二人を通り過ぎる。




 そして世界は暗転した。






 卵かけご飯は唸った。

 草原の真ん中であぐらをかいて、スアと向かい合う。彼女は女の子座りをして、卵かけご飯の様子を眺めていた。

「つまりこの世界が現実になったってことになるよな?」

「そうなのか?」

「そうなんです」

 彼は頭を抱える。

「確か暗くなったんだよ」

 スアに説得するように説明をするも、小首を傾げるだけのスア。

「暗くか? そんなことはなかったけど」

(なんでNPC(アクセサリー)がこんなに饒舌に喋れるんだ? こんなに表情も豊かじゃなかったし。いい香りするし、エロいし)

 最後に雑念が入ったため、卵かけご飯はかぶりを振った。

「違う違う。ちが~う」




 彼は振り返る。

 大型アップデート直後。ヤマトの世界は暗転した。そして次の瞬間には晴れ渡る青空と、草原。

 このようなアップデートには遭遇したことがない彼は、すぐに違和感を覚えたのだ。

 彼がやっているゲーム。ブレイク&クラフト・ファンタジー。そのアップデートは世界に光が伝っていくような光景が常であった。その光景は幻想的で、美しいと話題でプレイヤーの中には街の外で眺めながら、アップデートを待つ者も少なくない。

 そして卵ヤマトは、いつもそうしてアップデートを待ち構えていたのだ。

 だからこそ、異常だと思いすぐに行動に移す。鯖が落ちたのだろうかと予想しながら、首につけた端末を触ろうとして、首を触れたことに驚いたのだ。

 VRMMO-RPGとはいえ、ゲームの世界で働く五感は視覚と聴覚だけである。触覚や嗅覚、味覚などはショック死の予防のため、機能がカットされているのだ。

 それをアップデートで付け加えることは、日本のみならず海外でも禁止されている。

 ゲームの方で勝手に付け加えることは出来ないはずだ。訴訟問題となってしまう。

 そもそも、首につけた端末を通してゲームの世界にダイブし、何かあれば端末を取り外せばすぐに現実世界(リアル)に帰ることが出来るのである。

 だが、あるはずの端末がない。そして無いはずの触覚。触った感触が手に伝わるのだ。温かい。けれど冷や汗が滲む感触。

 それは一気に卵かけご飯の精神を追い詰める。

 その時風が吹き抜けた。土と草の臭いを彼の鼻孔に届けたのである。その瞬間、卵かけご飯は心臓がキュッとなるような感触を覚えた。

「土の臭い。草の臭いだ!」

 先程までの混乱はどこかへ吹き飛び、喜びのあまり飛び出してしまう。

 駆け出す足は軽く。どこまでも走り続けることが出来る。その事を卵かけご飯は喜んだ。

「凄い! 手足が自由に動くってこんな感じなんだ」

 動かすだけでも嬉しいのか、目を輝かせて「動かしても痛くない」と歓喜する。飛び跳ねていると。

「どうしたヤマ――卵かけご飯。そんなに動けるのが嬉しいのか?」

 その瞬間。卵かけご飯は息が詰まった。

 耳朶を打つのは、聞き慣れた声。だが、そんなに長い言葉を発したことはイベント以来ない。

 そして彼女が言いかけた名前は、卵かけご飯のアカウント名である。

 そこまでの柔軟性はNPCにはない。

「あ? え? 喋った?」

「何を驚いている。いつも話をしているではないか。どうした? 顔色が悪いぞ?」

 スアは卵かけご飯を覗き込むように顔を近づける。

 絶世の美女に顔を近づけられて、卵かけご飯は顔を赤くした。生唾を飲み込んで唇に視線が吸い込まれていく。

 すぐに気を取り戻し、彼は焦燥感に駆られて、周囲を見渡す。

 そこには牧歌的な草原しか広がっていなかった。

 卵かけご飯は勢い良く座り込む。スアもそれに合わせて目の前に座る。

「つまり――」






 二人が穏やかな世界に見いていると、唸り声が響く。

 なんだろうと卵かけご飯は上体を起こす。

「なっ?!」

 そこにはゴブリンが一体。太い幹を鈍器として二人を威嚇していた。

(まずい。ここでの俺はレベルいくつ相当だ? っていうかこのゴブリンどれくらいの強さだ?)

 自分の強さと、相手の強さがわからない。それ故に卵かけご飯は動けないでいる。

 それを訝しむスア。散歩するように歩いて、ゴブリンを殴り飛ばした。

 ゴブリンはアニメのように星となる。ただし、赤黒い軌跡を残して、あまりの威力に吹き飛び、空気の断熱摩擦によって身が灼かれながら、崩れていっているのだ。

 そんな命が燃える流星を見ながら、卵かけご飯は呑気にスアの魂魄固有技能(ソウルスキル)に仙才鬼才があったなと思い出す。

「いやいやいやー!」

 驚きの声をあげる卵かけご飯。

「あんな雑魚に何を手間取っている」

 勝ち誇るように胸を張るスア。

「いや、だって強いかもしれないじゃない」

「私がいるであろう。ならばヤマ――卵かけご飯は負けない」

「いや、まあ、確かにスアを手に入れ――」

 咳払いする卵かけご飯。意思を持って動いている。手に入れたという言葉はふさわしくないと思い。言い直す。

「スアが仲間になってくれてからは、負けてはいないよ。でも――」

 彼の「用心するべきだ」という言葉は、スアの人差し指に遮られる。

 艶やかで艶めかしい笑みに、卵かけご飯は見入ってしまう。

「私がいる。ならばお前は負けない」

 彼は言葉を返そうとするが、スアが先んじた。

「私がお前のモノになって十数年だ」

 卵かけご飯の目の前でスアはもじもじと身じろぎしだす。

 突然の様子の変化に彼の思考は追いつかない。どもるように頷く。

「その、十数年も一緒にいたであろう? それでだな。て、提案があるんだ」

 顔を赤くして俯くスア。

「二人の時は真名で呼んでもきゃやまない……かまわにゃいな」

 顔を真赤にして口を開けたり閉じたりを繰り返すスア。

 手を差し出し、NPC(アクセサリー)は何度も深呼吸する。そして落ち着いたとみるや、口を開いた。

「きゃまわにゃいにゃ」

 彼女は最後に盛大に噛むと「あうー」と叫んで両手で顔を覆うと、林檎のように顔を真赤にした。

 口を開けては「あー」や「うー」と声を出し、座り込んでしまう。

 意図はちゃんと伝わったヤマトは笑う。

「そうだね。二人の時はヤマトで」

「良いのか?!」

 乙女のような顔。少女のように輝かんばかりの笑みを浮かべるスア。

「スアになら喜んで」

「ヤマト! ヤマト! ヤマト! ヤマトー!」

 名前を連呼されて、気恥ずかしく思ったのか、卵かけご飯は首筋に手を置いて、うなじのあたりをかく。

 彼は内心「そんなに呼びたかったのか」と思う。

 そうだと卵かけご飯は思いつく。

「じゃあ俺もスアの事――」

「それはいい。私はスアという愛称を気に入っている」

 二人が和気藹々と会話をしていると、遠くから馬蹄の音が響く。

 馬蹄とすぐに特定出来たのは、ゲームで聞き慣れた音だからである。

 音のする方へと目を向けると、白馬を戦闘に数頭の馬が後をついていた。

 しかし、それは違う。

「あれは追われているな」

 スアは少女の顔色からそう分析する。卵かけご飯も目を凝らせば、騎馬にかけてある幕。その紋様が違うのだ。

 悲鳴が響く。白馬の尻に矢が刺さり、少女が投げ出されていた。

 卵かけご飯がどうしようと考えている間に、少女はそのまま二人の元に駆け込む。

 金髪碧眼の少女。金糸のような髪は長く、ヘアバンドで一部を抑えていた。肌は白く、陽光にあたっている部分が真珠のように輝いている。顔以外は泥に汚れた純白の鎧で覆われており、胸部の鎧だけが異様に膨らんでいた。

 その中に何が収まっているのか、すぐに理解する卵かけご飯。

 三人を取り囲むように男たちが取り囲む。男たちは全身を身を包んでいた。

(ここの世界の住人か?)

 どれほどの強さだろうかと少年が考えていると、男のひとりが口を開く。

「おい、小僧。二人を差し出せば命だけは助けてやる」

 ありきたりな言葉だなと卵かけご飯が思っていると、衝撃が襲う。

 ひとりの男が言い終わるより先に、別の男が馬から降りた。

 刹那、腹部を貫かれた少年が、少女の視界に飛び込む。死角から一息で飛び込み、ロングソードで腹部を貫いたのだ。

 激痛が卵かけご飯を襲う。しかし、彼は違和感を覚えた。加速していく思考の中で落ち着いてこの状況を分析する自分がいたのだ。

 そして冷静に分析した結果、卵かけご飯はこう結論付ける。

 これくらいなら大丈夫だ。

 ――技能(スキル)变化(トランス)――

 卵かけご飯の体黒くなり、粘体状の物体となる。

 表面に無数の突起状を浮かび上がらせた。スアと少女に当たらないように、それらを一息に伸ばす。

 男たちと馬は断末魔を上げ、血飛沫が舞う。

 彼らは糸が切れたように地面に倒れ、金属や肉が打つ音が響く。

 弱い。

 結果オーライではあるが、失敗したとも思う卵かけご飯。自身の能力を見ず知らずの少女に知られてしまった。

 彼女は卵かけご飯を見て、何かをつぶやく。

『ついでだから色々試すか』

 卵かけご飯は粘体を伸ばし、少女の腕を取った。

「あ」

 何かを察し、自身の顛末を絶望する少女。腕に絡みついた粘度の強い物体は、鋼鉄のように硬いと錯覚させた。そのまま腕を引っ張られ、少女の体が卵かけご飯の中へと飲み込まれてしまう。

 それを横で眺めていたスアは、心底残念そうな顔をしていた。しかし、卵かけご飯は取り込んだ少女に気を取られていたため、それには気づいていない。

(おっ、普通に取り込めたってことはいよいよ。本当にこの世界が俺にとっての現実になっているのか?)

 このような好意はブレクラジーでは、禁止されていた。もちろんこういう攻撃方法はあるのだが、女性のキャラなどは影のエフェクトで球体のようになってしまう。

 だが、そんな様子はない。

(もっと踏み込めるかな?)

 確かめるように卵かけご飯は、少女の体を愛撫する。息苦しそうにしているのに気づき、顔だけ外に出させた。

(次は――)

 酸性の強い液を吹き出し、少女が身に着けているモノだけを器用に溶かす。

 この時、粘体怪物は果物の皮を剥くような感覚に似ているなと思った。

 少女は為す術もなく、生まれたままの姿になってしまう。露わになったのは豊満な胸と尻。胸はスアをも凌ぐ大きさであった。

 顔を真赤にして何かを叫ぶが、卵かけご飯には届かない。彼は好奇心を満たすのに夢中になっていたのだ。

 溶かした防具を吸収同化し、構成材質や付与されている能力を調べていく。

(材質は大したことないな。付与されている能力は加護と重量軽減か。どっちも低級だな)

 さらに少女を愛撫し、体を弄る。

 この時の彼の意識は、実験動物を触るような気分になっていた。故に少女が上げる甘い声には全く意識が向いていなかった。

(ふんふん。俺達人間と同じなのか? 体の構成も変わらんようだな)

 少女の喘ぐ声がいつまでも続くかと思われた。しかし、粘体怪物は飽きたと言わん勢いで少女を吐き出す。

「どうだった卵かけご飯?」

『特におかしな点はなかった。普通の人っぽい』

 黒い粘体が人の形を成し、少年の姿へと戻る。

 そして少年は、ようやく少女が全裸であることに気づいた。

 顔を真赤にして、少女に背を向けて謝罪する。

「ご、ごめん。これは助けたお礼ということで」

「い、いけず」

 背を向けていたため、か細い少女の声は少年には届いていない。

 卵かけご飯は慌てて粘体怪物になると、同化吸収した武器や防具、衣服などを再構成し、さらに能力を付与して――なお、どれだけ能力を載せられるのか試した結果、能力だけが別物の武器と防具、そして衣服を――返す。

「スア、着替えを手伝ってあげて欲しい」

 衣擦れの音を聞きながら、卵かけご飯はこの後どうするかを考える。

 今いる世界が現実になってしまった。

 まずはスアと共に生きなくてはならないと思う卵かけご飯。

 飛んだのは自分たちだけだろうか。ゲームの能力はどこまで使えるのか。こっちに飛んだのは自分たちだけだろうか。など、疑問はいくらでも浮かんでいく。

「本当にでかいな」

「やめっ、やめてください」

 聞こえてくる会話に、そういえば柔らかくて温かったなと思う卵かけご飯。

 下腹部に血が集まる感覚を覚えて、胸中かぶりを振った。

 先ほどまでの冷静さはどこへ行ったのかとぼんやりと考える。そこで思った疑問を口にする。

「というか、君は誰だ?」

「わ、私を知らないんですか?! いや、そうですね。神をも殺す粘体怪物(エンシェントウーズ)様なら、そんなこと気にもしませんよね」

 気落ちするような声に、卵かけご飯は首を傾げる。

(こっちにもゲームの種族とかあるのか。先ほどの防具に付与されていた能力も、ゲームと同じと見て良いのだろうか)

「着替え終わったから、こっち向いて大丈夫だよ卵かけご飯」

 スアの言葉に、早速と振り返る。少女は先ほどと同じ格好に戻っていた。うんうんと満足そうに頷く少年。

 内心、能力が上手く発動したことに、安堵もしていた。

 卵かけご飯のキャラメイクは、究極の万能を目指している。そのため生産(クラフト)系も使えるのだが、エンシェントウーズの種族特性も合わさり、低級ならば武器や防具は材質無しで生成可能であった。

「わ、わたくし、この国の姫です。名前はソフィアと申します」

 それから卵かけご飯は、情報を得るためソフィアから色々と聞きこむ。






(失敗した)

 助けた国の姫は現在進行形で負けている国の姫であった。

 少年は座り込んで、ソフィアに背を向ける。少女も腰をおろして正座する。

 美女と言っても過言ではないソフィア。その彼女を巡り戦争になったのだが、戦場で貴族たちが軒並み離反。あっという間に形成は決まってしまい敗走。

 道中敵に捕捉され、殿となった彼女の父親は生死不明。近衛の兵士たちのおかげでその場から離れることは出来た。しかし、すぐに追手に見つかってしまったのだ。それがことの経緯である。

「あの、なんでもします。ですからお力添えをお願いします。敵の精鋭たちを一瞬で殺した貴方様です。どうか、どうか!」

 少女は土下座するように頭を下げた。

 ソフィアの声は卵かけご飯には届いていない。それを勘違いしたソフィアは、さらに言葉を重ねる。

「私の血の一滴、髪の毛一本に至るまで貴方様に捧げます。だから、どうか」

 卵かけご飯は、この場から逃げ出す算段をしていた。故に、一連の言葉は頭に入っていない。

 彼らは、現在勝利を収めつつある国に喧嘩を売った形になっている。相手の能力はおろか、自分たちの能力も十二分に把握していない以上、下手な事に首を突っ込みたくなかったのだ。

 スアが卵かけご飯の顔を覗き込むように見つめる。それに気づいた少年は、意識を現実に引き戻す。

「助けてください」

 ようやく届いた声。振り返り、土下座をするように頼み込んでくる少女を見つめた。

 その瞳には涙が浮かんでは溢れ、大地を濡らしていく。

 ヤマトは今までのゲームの積み重ねた日々を思い出す。

 日々、自由に動かなくなる体。そんなことを忘れさせてくれるゲーム。それがブレイク&クラフト・ファンタジー。

 そんなゲームで彼が最初に目指したのはヒーローだった。

「見返りは約束します」

「じゃあそれで」

 驚きの声をあげたのはスア。彼女はヤマトに確認するように問う。

「え? いいの?」

「え? 駄目なの?」

「そんなことはないが。いつもと違うなって」

 ヤマトが首を傾げていると、ソフィアが少年の手をとった。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 満面の笑みとまではいかない。国のことが不安でどこかぎこちない笑顔。それでも彼女が笑ってくれたことに、ヤマトは安堵する。

「よしじゃあ」

「契ですね」

「え?」

「それくらいの魔法なら出来ます。神をも殺す粘体怪物様のお手を煩わせません」

「はい?」

 ヤマトが言葉の意味を理解しかねていると、ソフィアは魔法陣を展開。

 直後にヤマトの左手に激痛が走る。視線を向けると手の甲に紋様が浮かんでいた。彼はソフィアとの繋がりを認識する。

「何を?」

 ヤマトは疑問の声を出す。スアが呆れたように息を吐く。

「ソフィアはお前のモノになる見返りに、力を貸して欲しいと言ったんだぞ」

「ま、不味かったですかご主人様」

 ご主人様という言葉の響きに、ヤマトは欲望が下腹部に集まるのを感じ取る。かぶりを振ってその考えを追い払った。

「神をも殺す粘体怪物様のお力添えをいただくのです。これくらい安いです」

「あっああー」

「ま、責任を取るんだな卵かけご飯様」






~続く~


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