親子の写真
「「・・・・・・・・・・・」」え、挨拶とかしないの?
桃香はそっぽ向いて、沖野さんが視界に入らないように努めてる。ここは親の出番でしょう。視線で沖野さんに訴え掛けてみた。お、効果あり。
「久しぶりだな。桃香」「何の用?電話してたのもお父さんでしょ」はっきりと言い切る桃香。どうやら嘘はばれてたらしい。まぁ、仕方ないよな。あんな誤魔化し方だったし。
何も言わない父親に腹が立つのか、怒った顔で話し出す。
「今更、何?私に文句でも言いに来たの?」
あたしは黙って見守る。これは親子の問題だから、他人のあたしが口を挟む事じゃない。開きそうになる口を必死に閉じる。沖野さんは、やっぱり悔しそうな顔をしてる。
違う、そんな顔をして欲しかった訳じゃない。
「・・・違うんだ。今回は伝えたい事があったんだ」
桃香の目がやっと沖野さんに向けられる。大切な話の時、しっかり目を見ることをが出来るのは、この子の良い所だ。
「今まですまなかった。ずっと考えてはいたんだ。どうしたらお前を理解できるか」
「・・・・何で、理解なんてしたいのよ?」
「お前は私たちの娘だ。当たり前だよ」
「・・・分かんないよ」
俯いて、声を震わせた。あたしはやっと口を開いた。
「あのね、桃香。もう、知ってるよ?」
沖野さんは不思議そうな顔をする。でも、桃香には伝わったはず。静かな部屋で話してくれたのは桃香自身だったしね。
『愛が分からない。愛されているのか、分からない』
そんなことないんだよ。子供を嫌う親はなかなかいない。そして貴方の両親は、とても貴方を愛しているんです。
「これ、あげる」
ポケットに閉まっていた紙袋を桃香に手渡す。
不思議そうな顔で桃香は紙袋を開ける。袋の中身は、あたしの好きなもの。
「写真?」
「そう、写真」
何の写真よ、と呟きながら写真を眺め始める。一枚ずつ、順番に。公園の中がしんと静まり返る。沖野さんは息を呑んで桃香を見守ってた。最後の一枚を見た桃香は、怒ったような目をしてた。
「ねぇ、何この写真?」
「風景」
「そんなの分かってる。何で病院の写真なんて撮ってるの?」
あたしが桃香に渡したのは『病院』の写真。全部で二十五枚。撮ったのは今日。午前中に病院の写真を撮って、昼前には写真屋に駆け込んで頭下げて急いで現像してもらった。病院の写真は病院側からの許可を貰って撮影した。
「沖野さん、これが何処の病院か分かりますよね?」
桃香の手に収まってる写真を一枚、沖野さんに見せる。沖野さんは一度躊躇ってから答えてくれた。
「綾香が、入院している病院だ」
「正解です」
言った瞬間に桃香が掴みかかってきた。後ろにふらついたけど、何とか踏みとどまる。沖野さんは驚きながら駆け寄ってきたけど、それを止める。
「大丈夫です。それより、何?」
「あんたは、何がしたいのっ?お母さんの病院の写真見せて、何がしたいのっ!?」
泣きそうな顔であたしに掴みかかってくる。そんな風に出来るのに、気づかなかったのかな。
「なんで泣きそうな顔するの?」
襟元を掴んでる桃香の手を握り締めて、離させる。手を握ったまま、まっすぐに桃香を見る。
昔のあたしが今のあたしを見たら、きっと絶句するだろうな。
「悲しいの?心配、なんでしょう?お母さんが。それが愛だよ」
「・・・・は?」
「それが愛なんだよ。心配する気持ちも、悲しいのも全部意識してるから。どうでもいいなら、泣きそうになる必要ないでしょう?」
「でも、私は・・・・!」
「いいんだよ。愛されてるか分かんなかったら、聞けば良いよ。友達には聞きにくいけど、両親だったら聞いてもいいとあたしは思う。愛されてるか不安になる気持ちだって、それは桃香がその人達を思うからでしょう?」
桃香の手が震える。どうして素直に泣けないんだろうね。昔誰かがそう言ってたのを思い出す。今なら分かる。理由はきっと、心配かけないためだよ。
歯を食いしばって泣かないようにする桃香に手を離して、ポケットからもう一枚だけ写真を取り出す。写真を裏返して、差し出す。
「これも、愛の証拠かな。あたし初めて人を撮った」
写真を裏返して、視線がゆっくりと写真に向けられる。見た瞬間に桃香の涙腺が崩壊する。泣きじゃくって、あたしの上着の袖を掴む。桃香の頭に手を置いて大丈夫と呟いた。
「ほら、自分で確かめな」
桃香を促して、顔を上げさせる。視線の先には立ち止まった沖野さん。沖野さんも真っ直ぐと娘を見てた。嗚咽に邪魔されないように深呼吸して、桃香がやっと聞いた。
「お父さん、私のこと好き?」
「当たり前だろ。私だけじゃなくて、綾香だって、お前を愛してる」
沖野さんも涙腺が危うくなって、顔を隠す。桃香はあたしの腕の中におさまってる。頭を撫でたら、顔を上げてあたしを見てきた。どうしていいか分からなかったから、少し笑ってみた。
「だってさ。良かったね」
「・・・・・何その言い方」
桃香は涙を流したまま、嬉しそうに笑った。その笑顔は美少女にぴったりで綺麗だな、と思った。
沖野さんも笑ってて、だからあたしは桃香を沖野さんに渡した。沖野さんも少し挙動不審になったけど、優しく桃香を抱きしめた。くすぐったそうな顔をする桃香と、嬉しそうに笑う沖野さんはとても親子で、無意識にカメラを構えてた。
レンズ越しの景色はあの夜みたいにぶれていなくて、シャッターを切る事を躊躇わなかった。
「「えっ?」」
二人が声を揃えて此方を見てくる。あたしはカメラを下ろしながら、言いたかったことを伝えた。
「桃香、ありがとう。家に帰りなよ。あたしも楽しかった。早くお母さんに会いに行きなよ」
「え?」
「沖野さん、我侭聞いてくれてありがとうございました。綾香さんにももう一度、お礼を。」
「・・・はい」
沖野さんは真剣な顔で頷いてくれた。桃香は不思議そうに首を傾げてた。
心残りはもうないから、あたしは帰る。桃香とはこれでお別れだ。あの家には本来、ダメ人間なあたしだけが居るはずだった。ちょっとしたハプニングで、美少女を家に置いていたけど。
とても楽しい毎日だった。あたしは、少し変われた。こんなあたしでも誰かを大切に思えた。それがあたし自身嬉しい。
そして、心の底から思う。
「桃香、貴方は笑うほうがいい。沢山笑いなよ。両親大切にな」